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Uncharted Territory

自分が読んで興味深く感じた英文記事を中心に取り上げる予定です

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オバマがトランプだった時

 


金成隆一さんの『記者、ラストベルトに住む-——-トランプ王国、冷めぬ熱狂』はトランプ支持者の実状がよくわかる本で、オピオイドの問題も切っても切れない関係にあることも見えました。トランプの人物批判をするだけでは、現状のエリートたちへの不信感があることを見過ごしやすいですからこういう本は貴重です。

オバマの「ウソの約束」という章でオバマが選挙期間中はNAFTAに反対していたのを取り上げていました。これ以外にもイラク戦争に反対、不法移民に厳しい対応をするよう提案したりとメッセージとしてはトランプ的なことをしていたわけです。本で紹介されていた部分はYoutubeにありました。



不法移民に厳しい態度を示すことを語っているのはこちら。



トランプとの違いは、当選後はオバマは立場を変えてしまったところでしょうか。



でもオバマを信じていた有権者にとってはウソをつかれたと感じてしまうことでしょう。これに引き換えトランプはNAFTAに取り組み、少なくとも条約の名前は変えることに成功しました。彼を「実行力」のある頼れる政治家と感じる有権者もいるに違いありません。
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(小ネタ)エモいは英語にあった

 


今さら感のある「エモい」という日本語ですが、英語でもemoという表現があるのを映画『メアリーの総て』の映画レビューを読んでて知りました。冒頭のバンドはWikipediaで取り上げられていたemo系列のバンドです。

BY Sarah Voon
REVIEWS | 02 JULY 18

After Mary and her lover, bohemian ratbag poet Percy Shelley, run away from Mary’s father—renowned radical philosopher William Godwin (Stephen Dillane)—with Mary’s step sister Claire Clairmont (Bel Powley) in tow, they form the era equivalent of a trio of emo teens living in their first flat; drinking cheap red wine, sleeping with one another, getting pregnant and living off Percy’s allowance – until he is cut off… Naturally, they escape their creditors and decamp to Lord Byron’s (Tom Sturridge) swish Swiss holiday mansion where one stormy evening he issues a literary challenge which sparks the origin of Frankenstein.
メアリーと恋人であるボヘミアンな駄目詩人パーシー・シェリーはメアリーの父、著名な急進的な思想家ウィリアム・ゴドウィン(Stephen Dillane)から逃げた。メアリーの儀姉クレア・クレアモントも一緒に連れて。今でいう人生で初めてアパートで暮らす多感な10代の若者三人組のようなものだった。安酒を飲み、それぞれの女性と寝て、妊娠し、パーシーへの仕送りを頼りに生活していた。仕送りが絶たれてしまうまで続いた。当然ながら債権者から逃げ回りバイロン卿(Tom Sturridge)のスイスにある休暇を過ごす別荘に行き着いた。そこである嵐の夜にバイロン卿が物語を書くことを提案した。これが元になってフランケンシュタインが生まれた。

Wikipediaを読むとemoという表現に触れていたんですね。

(Wikipedia)
エモい
エモいは、英語の「emotional」を由来とした、「感情が動かされた状態」[1]、「感情が高まって強く訴えかける心の動き」[2]などを意味する日本語の形容詞。感情が揺さぶられたときや、気持ちをストレートに表現できないとき[1]、「哀愁を帯びた様」[3]などに用いられる。また、現代若者に使われる用語である 。
概要[編集]
元々は音楽のジャンルの一つである「イーモウ(Emo)」からきており、メロディアスで哀愁的な音楽性と切ない心情を吐露する歌詞が特徴的なロックミュージックを指す[3]。音楽シーンでは1980年代から使われていた[3]。パンクロックの一種である「エモーショナル・ハードコア」の略称であるとも言われる[2]。エモーショナル・ハードコアは、メロディアスな音楽に感情的な歌詞をのせたロックミュージックで、ここから派生して激情的・感動的な音楽を「エモい」と表現している[2]。

こういう単語の扱いは辞書によって差が出ます。ロングマンがあっさりなのに比べて、オックスフォードではemoのファンもさすことを指し、Emos are typically supposed to be emotional and sensitive and full of angst.と踏み込んだ説明をしています。

(ロングマン) 
a type of punk music whose song lyrics (=words) are full of emotion

(オックスフォード)
emo
1 [uncountable] a style of rock music that developed from punk, but has more complicated musical arrangements and deals with more emotional subjects
2 [countable] a person who likes emo music and often follows emo fashion, wearing tight jeans and having long black hair. Emos are typically supposed to be emotional and sensitive and full of angst.

日本語での使われ方とは違う感じですが、それはそれで面白いところです。
 

This was a man

 


故ブッシュ大統領の人格やそのような人格の大切さを批判するつもりはありません。ただ、そのような態度だと民衆の気持ちがわからないままではないかと思ってしまうのです。朝日新聞の金成さんの『記者、ラストベルトに住む —— トランプ王国、冷めぬ熱狂』の本を読んでみてもそのように感じてしまいます。

ジュリアスシーザーとの感想と絡めてしまいますが、今の時点で故ブッシュ大統領の高潔さを讃えるのは、劇の終わりにブルータスの死後になって、彼の高潔さを讃える行為とかぶって見えます。ブルータスは結局新しい社会を築けずに敗退したのですから。。。


最後の場面で、自殺したブルータスの死体を前に、アントニーらは次のようにいう。

  アントニー:この男は一味の中で最も高潔なローマ人だった
   この男を除いたほかの者どもはみな
   シーザーへの怨恨から加わったのに対して
   この男だけは公正な考えと
   善意にもとづいて一味に加わった
   この男の生涯は高潔で 性格は円満
   自然もこの男に感じ入ってこういうに違いないのだ
   これこそは男であったと
  オクタヴィアス:この男に相応しく遇することにしよう
   尊敬を払って立派な葬儀をあげてやろう(第五幕第五場)
  ANTONY:This was the noblest Roman of them all:
   All the conspirators save only he
   Did that they did in envy of great Caesar;
   He only, in a general honest thought
   And common good to all, made one of them.
   His life was gentle, and the elements
   So mix'd in him that Nature might stand up
   And say to all the world 'This was a man!'
  OCTAVIUS:According to his virtue let us use him,
   With all respect and rites of burial.



高潔さが無用でポピュリストの手法を使えというわけではないのですが、演出家のハイトナーの問題意識をYutaも共有します。特にBut their arrogance is their undoing. Their remoteness from the street blinds them to the fragility of their grip on popular opinion.(彼らの傲慢さが崩壊の始まりだった。一般市民とかけ離れていたので世論の支持が脆いことを見通せなかったのだ)の部分なんかは。

A vain leader bent on absolute power; an elite that ignores the appeal of populism ... after a Trumpian reimagining of Julius Caesar caused outrage in New York, the director explains why he’s bringing Shakespeare’s tragedy to a divided Britain
Nicholas Hytner
Thu 25 Jan 2018 14.57 GMT Last modified on Wed 14 Feb 2018 15.28 GMT

The leaders of the metropolitan elite are terrified that the state could slide at any moment into tyranny. They’re convinced that they’re working for the common good, but they’re equally concerned for their own position in a system that works well for them. Many of them went to school together. Their privilege comes with their class and education.
都市部のエリートの指導者たちが恐れているのは、この状態が今にも独裁政治に陥る可能性があることだ。彼らは公共の利益のために働いていると確信しているが、同じように社会で自分たちの地位も心配している。この社会は彼らに都合よく動いている。多くが一緒の学校に通い、自分たちの特権が階級と学歴によってもたらされている。

So they decide to get rid of the tyrant before he gets the chance to abuse his power any further. They suppose the streets will echo to the cry of freedom. They have no doubt that the people will share their fear for the future.
だから彼らが決心したのは独裁者を取り除き、これ以上権力の乱用をさせないようにするためだ。町の通りには自由を求める声が響き渡ると期待していた。彼らが将来に抱く恐れを人々も共有していると疑いもなく思っていた。

But their arrogance is their undoing. Their remoteness from the street blinds them to the fragility of their grip on popular opinion. The liberal establishment is trounced by a demagogue who appeals to the gut, and tells the stories the mob wants to hear. The masses turn on the liberals. The tyrant is replaced by another, younger and more ruthless. Once the body politic is infected with the virus of authoritarianism, it can’t be eradicated.
彼らの傲慢さが崩壊の始まりだった。一般市民とかけ離れていたので世論の支持が脆いことを見通せなかったのだ。リベラルな体制が扇動者に打ち砕かれる。扇動者は感情に訴えかけ、群衆が聞きたい話をしている。大衆はリベラルに襲いかかり、独裁者は別の独裁者に取って替えられる。国家が独裁主義に感染すると、根絶することはできない。

This is the story of Shakespeare’s Julius Caesar. No wonder every theatre company here and in the United States seems to be doing it.
これがシェイクスピアのジュリアスシーザーの話だ。どの劇団もイギリスでもアメリカでもこの劇を上演していたとしても驚かない。

またこの劇が怖いのは、一人の独裁者を倒したとしても、別の独裁者にとって替えられてしまう部分です。ハイトナーは現代に対し相当悲観的ですが、安易な理想論よりはずっとマシでしょう。

Over the years, I’ve staged plays by Shakespeare that seemed to speak about the Iraq war, the 2008 financial crisis, and the power of the surveillance state, among many other contemporary preoccupations. I’ve never before staged a play that has said so much about our present, or warned of such a terrible future. It addresses directly the failure of dismayed liberals (count me as one of them) to understand and overcome the appeal of populism. It exposes the manipulative half-truths and outright falsehoods that are the populists’ stock in trade. It is unsentimental about the gullibility of the multitude: if Caesar had stabbed their mothers, says one of the establishment, they would have forgiven him. Seventy-five drachmas, £350 million per week, whatever it takes.
何年もの間、私はシェイクスピア劇を上演してきた。他の現代的な問題の中からイラク戦争や2008年金融危機、監視社会の権力を語ってくれる劇を。今までこれほどまでに我々の現状を物語ってくれ、恐ろしい将来警告してくれる劇を上演したことがなかった。落胆したリベラルの失敗(私もその一人に数えてもらっていい)も直接扱っている。ポピュリズムの魅力を理解し、克服することができなかったのだ。巧みに操作できる半端な真実や全くの嘘にさらされている。これこそがポピュリストの専売特許だ。群衆の騙されやすさは感傷的には程遠い。もしシーザーが民衆の母親を刺し殺したとしても、民衆は許してしまうかもしれないと体制の一人は語った。(シーザーの遺言にあった)75ドラクマ、(Brexit投票の時の)週3億5千万ポンド、何なりと必要なものを。

In Julius Caesar, once the populist genie is out of the bottle, there is nothing to stop the slide into violence, and a contemporary Julius Caesar does not need to travel far to suggest civil war on the streets of a great city. We may hope to avoid that dystopia in London, but the tragic destiny of a society that has succumbed to mutual incomprehension and loathing may be harder to escape.
ジュリアスシーザーでは、ポピュリストの悪魔が出てきてしまうと、暴動に向かうのをどんなものでも止められなくなる。現代のジュリアスシーザーでは大都市での内戦を示すものを見つけるのに遠くまで行く必要はない。ロンドンでそんなディストピアを避けられることを期待できるかもしれないが、悲劇的な運命は、社会が相互不信、相互対立に陥ってしまうと避けるのが一層難しくなるだろう。



もちろん、こんな難しいことを考えながら劇を見ていたわけではありません。むしろ扇動される群衆の一人として見入ってしまっていました。Varietyのレビューにwe’re completely aware of our own manipulation — and, indeed, our willing submissionとありますが、まさにそんな感じでした。

By MATT TRUEMAN

With characteristic clear-sightedness, Hytner manages to split Shakespeare’s play into an analysis of the political system: leaders, political elites and people. By playing it in promenade, he doesn’t merely turn us into the crowd — those “friends, Romans, countrymen” David Morrissey’s gruff and emotive Mark Antony calls upon — it’s that we play along. We sing along with the band (Twisted Sister’s “We’re Not Gonna Take It”), chant Caesar’s name as one and wave posters when prompted. All the while, pushed this way and that by burly stagehands, we’re completely aware of our own manipulation — and, indeed, our willing submission

心情的にブルータスを応援していても、アンソニーの演説が盛り上がると「もっといけ」みたいになってしまうんですよね。映像でもそうだったのですから、劇場内の舞台近くの立ち見観客は一層踊らされたことでしょう。
 

中東からのフランケンシュタイン

 


今週末から『メアリーの総て』が公開されます。先月出かけた時に飛行機でやっていたのですが、途中で寝てしまったため内容は覚えておらず。映画のレビューも芳しくありませんでした。

「フランケンシュタイン」の著者。
メアリー・シェリー、わずか18歳。
なぜ彼女は愛を乞う孤独な〈怪物〉を産み落としたのか――?

【STORY】19世紀イギリス。小説家を夢見るメアリーは〝異端の天才”と噂される、妻子ある詩人パーシー・シェリーと出会う。互いの才能に強く惹かれあった二人は、情熱に身を任せ、駆け落ちする。愛と放蕩の日々は束の間、メアリーに襲い掛かる数々の悲劇。失意のメアリーはある日、夫パーシーと共に滞在していた、悪名高い詩人・バイロン卿の別荘で「皆で一つずつ怪奇談を書いて披露しよう」と持ちかけられる。深い哀しみに打ちひしがれる彼女の中で、何かが生まれようとしていた――。



ただ監督がサウジ出身のあの方だと知って俄然興味が湧きました。



ハイファ・アル=マンスール
Haifaa Al-Mansour
監督
1974年、サウジアラビア生まれ。1997年にカイロ・アメリカン大学を卒業し、サウジに帰国後8年間に3本の短編映画を制作。宗教的な理由から西欧諸国に比べて女性の権利や自由が制限されているイスラム国家サウジアラビアで、初の女性映画監督となった。2012年、『少女は自転車にのって』で長編映画監督デビュー。どうしても自転車に乗りたいおてんば少女を主人公に、理不尽な因習に対する彼女なりのしたたかな抵抗の行方を通して、サウジ社会が抱える様々な問題、とりわけ女性たちの生きづらさを浮き彫りにすると共に、未来への確かな希望を力強く描き出し、2013年の英ガーディアン紙が選ぶ映画ベスト10にランクイン。また、英国アカデミー賞外国語映画賞ノミネート、第86回アカデミー賞®外国語映画賞のサウジアラビア代表に選出されたほか、数多くの映画賞に輝く。公開待機作にNetflixドラマ『Nappily Ever After』(18)がある。

そしてもう一つのフランケンシュタインが今年ようやく英訳されていたのを知りました。



逃亡派が受賞したMan Booker International Prize 2018のshortlistにFrankenstein in Baghdadが選ばれていたんですね。以前にブログで取り上げたのは2015年のことでした。Kindleでも900円代で購入できたので読み始めたところです。

Fiction
The winner of the international prize for Arabic fiction reimagines Mary Shelley’s classic in war-torn Iraq
Alexander Larman Sun 18 Feb 2018 

It seems appropriate that the first English translation of Saadawi’s work should appear two centuries after Mary Shelley’s Frankenstein first shocked the world. Comparisons between the two books are prompted by the titles, but those expecting Romantic dialogues on the nature of humanity and man’s immortal soul will be disappointed. While Shelley’s creature waxed lyrical about Paradise Lost, Saadawi’s knows all too well that it inhabits a world that has never been paradisal in the slightest. Its rampage, which is funny and disturbing in equal measure, ultimately amounts to little when life is cheap and death has become the common currency of the frightened, fragile people who populate this remarkable book.

今年はフランケンシュタインが出てから200年でもありますし、ナショナルシアターライブのフランケンシュタインも池袋で再演されるようですから、少しでも盛り上がるといいですね。



 

WASP

 


亡くなったブッシュ大統領はWASPの典型と言われている人だそうで、彼を懐かしむことはWASPの支配を懐かしむことにつながる可能性があります。まさにそれを書いたNYTのコラムニストが炎上したそうです。

WASPって何と思う方は、次の新書がわかりやすく書いてあったと思います。(買って読んだはずですが行方不明中(汗))前回取り上げた「弱虫」絡みの話題はWASP的観点から取り上げると次のようになるようです。こちらは読者のコメントからの抜粋です。


ワスプ上流は、新興ワスプやホワイト・エスニックから「弱虫」とみられる。苦労が少ない分、非現実感に悩まされる。ジョージ・ブッシュ(パパブッシュ)も偏見による弱虫呼ばわりに悩まされ、父の選挙地盤である東部を捨てて男っぽさが売りのテキサスでニュー・マネーの仲間入りをして見せ、そこに地盤を築いたのもそれを否定するための演技である。上流における男らしさの虚勢と非現実感は表裏一体をなしている。
 ひと昔前の上流ワスプは、公共精神の最大の発露として盛んに戦争に志願した。弱虫でないことを誇示する手段でもある。上流ワスプは、かつては騎兵、近代戦では戦闘機パイロットといずれも貴族的とみられた部隊を志願する。
 戦争に代わる最大の男らしさの発露はスポーツで、上流層が入るブレップ・スクール(私立校・全寮制校)は授業でも寮生活でもスポーツに力を入れる。
 ケネディ兄弟(アイリッシュ系)は、上流作法だけでなく、自分のことを世間に分からせる技術も身につけるように父親から奨励された。一方、ブッシュ(パパブッシュ)(ワスプ)は両親から感情を隠すことを刷り込まれた。

大きな議論を巻き起こしたのはこちらのコラム。WASPの価値観を再評価する内容です。

Their more meritocratic, diverse and secular successors rule us neither as wisely nor as well.
By Ross Douthat Opinion Columnist Dec. 5, 2018

Put simply, Americans miss Bush because we miss the WASPs — because we feel, at some level, that their more meritocratic and diverse and secular successors rule us neither as wisely nor as well.

noblesse oblige and personal austerity and pietyやcosmopolitanismなどWASPの価値観を挙げているのは次のところです。

Those virtues included a spirit of noblesse oblige and personal austerity and piety that went beyond the thank-you notes and boat shoes and prep school chapel going — a spirit that trained the most privileged children for service, not just success, that sent men like Bush into combat alongside the sons of farmers and mechanics in the same way that it sent missionaries and diplomats abroad in the service of their churches and their country.

The WASP virtues also included a cosmopolitanism that was often more authentic than our own performative variety — a cosmopolitanism that coexisted with white man’s burden racism but also sometimes transcended it, because for every Brahmin bigot there was an Arabist or China hand or Hispanophile who understood the non-American world better than some of today’s shallow multiculturalists.

Fareed Zakariaは冒頭の動画とほぼ同じ内容をワシントンポストに書いています。

By Fareed Zakaria Columnist December 6

If at this point you think I am painting a fantasy of a world that never existed, let me give you a vivid example. On the Titanic’s maiden voyage, its first-class cabins were filled with the Forbes 400 of the age. As the ship began to sink and it became clear there were not enough lifeboats for everyone, something striking took place. As Wyn Wade recounts, the men let the women and children board the boats. In first class, about 95 percent of the women and children were saved, compared with only about 30 percent of the men. While, of course, first-class passengers had easier access to the boats, the point remains that some of the world’s most powerful men followed an unwritten code of conduct, even though it meant certain death for them.

Today’s elites are chosen in a much more open, democratic manner, largely through education. Those who do well on tests get into good colleges, then good graduate schools, then get the best jobs and so on. But their power flows from this treadmill of achievement, so they are constantly moving, looking out for their own survival and success. Their perspective is narrower, their horizon shorter-term, their actions more self-interested.

****

Let me be clear. I — of all people — am not calling for a revival of the WASP establishment. I am asking, can we learn something from its virtues? Today’s elites should be more aware of their privilege and at least live by one simple old-fashioned, universal idea — rich or poor, talented or not, educated or uneducated, every human being has equal moral worth.

Ross Douthatのコラムは反響が大きすぎたようで、弁明のようなコラムを書いていました。現在のエリートが自己中心的になっているというのはZakariaと同じ問題意識です。

An aristocracy that can’t admit it.
By Ross Douthat Opinion Columnist Dec. 8, 2018

But I think that same upper class was unwise to abandon an aristocratic self-conception in favor of a meritocratic one. On the evidence we have, the meritocratic ideal ends up being just as undemocratic as the old emphasis on inheritance and tradition, and it forges an elite that has an aristocracy’s vices (privilege, insularity, arrogance) without the sense of duty, self-restraint and noblesse oblige that WASPs at their best displayed.

現在は行き過ぎた能力主義になっていないかと問題点を挙げています。

This was meritocracy, the system that we now take for granted. And for several reasons it didn’t work as planned.

First, meritocracy segregates talent rather than dispersing it. By plucking the highest achievers from all over the country and encouraging them to cluster together in the same few cities, it robs localities of their potential leaders — so that instead of an Eastern establishment negotiating with overlapping groups of regional elites (or with working-class or ethnic leaders), you have a mass upper class segregated from demoralized peripheries.

Second, the meritocratic elite inevitably tends back toward aristocracy, because any definition of “merit” you choose will be easier for the children of these self-segregated meritocrats to achieve.

批判的な反響としては次のVICEなんかはYutaには説得力があります。the problem was that so many elites turned out to be corrupt, incompetent, or bothとWASPに問題がありありだったことを指摘しています。具体的にニクソンやレーガン、ブッシュの時代の問題点を挙げています。

VIEWS MY OWN
By Harry Cheadle Dec 6 2018, 7:29am
America can live without "noblesse oblige."

The Watergate scandal, a signature postwar sign that powerful people weren't especially competent or moral, was arguably handled by the establishment about as well as could be expected. Bush, who was chairman of the Republican National Committee at the time, defended Richard Nixon until deep into the saga, though he eventually urged the president to resign. But even if the post-Watergate era featured a host of campaign finance and pro-transparency reforms, elites didn't stop trying to hide unethical behavior. More than a decade later, the Reagan administration sold arms to the Iranian regime (in violation of an explicit Congressional ban) and funneled the profits to right-wing guerrillas in Nicaragua. The Iran-Contra scandal, as it was known, led to a years-long investigation that only ended when Bush, in arguably one of his worst moments, pardoned six officials caught up in it just before he left the White House. (The question of how closely Bush himself was involved in the affair may never be answered.)

The Reagan era provided Americans with more reasons to regard the ruling class with suspicion. Thanks in part to the anti-labor policies of Republicans, real wages were stagnant, and have mostly remained so since. The country's WASP leadership often ignored problems facing people who didn't look or act like them, as the Bush administration did when it continued Ronald Reagan's legacy of not reacting quickly or strongly enough to the AIDS epidemic. The war on drugs, endorsed by leaders of both parties, sent people of color to prison en masse—Bush accelerated it, calling for “more jails, more prisons, more courts, and more prosecutors.” And neither party came out of the 90s looking especially virtuous—Bill Clinton lied about his affair with Monica Lewinsky, and House Speaker Newt Gingrich, his chief antagonist, was carrying on an affair while going after Clinton with puritan indignation.

まあ、コラムニストもWASPが歴史的にも立派だったと言いたかったのではなく、全体の利益のために動ける価値観の重要性を訴えたかっただけかもしれませんが、口では最もらしいことを言っておきながら、自分の利益最大化しか考えてない、そんなのがエリートだったら、我々庶民はポピュリストになって抵抗するしか手がないでしょう。
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