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Uncharted Territory

自分が読んで興味深く感じた英文記事を中心に取り上げる予定です

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「JFK-その生涯と遺産」展

 
GWで立ち寄ったのが国立公文書館の掲題の展示会。文書を紹介するのがメインの地味な展示会ですが、入場が無料なところが嬉しいです。英語学習者としては生の英文資料がいろいろ見れるので勉強になります。

Seymour Hersh のThe Dark Side of Camelotなどを読んでケネディには影の部分があることは理解しているつもりですが、展示会を見るとやはり、憧れのカッコイイ大統領でした。

歴史的評価はわかりませんが、ケネディ大統領が公民権について語ったスピーチが他の有名なスピーチとともに展示会で流されていました。時代的には、キング牧師のあの有名なI have a dream演説はケネディ政権下のものだったのですね。

この演説を訳してくださっているブログがあるので、全文を参照されたい方はそちらをアクセスいただくとして、Black Lives matterと言わなければいけない状況がなんとなくわかる部分がありました。this is a land of the free except for the Negroes, we have no second-class citizens except Negroes という部分です。Negroと呼んでいることに違和感を感じますが当時は別に差別的な含意はなかったということでしょう。



(5分 25秒)
We preach freedom around the world, and we mean it, and we cherish our freedom here at home, but are we to say to the world, and much more importantly, to each other that this is a land of the free except for the Negroes; that we have no second-class citizens except Negroes; that we have no class or cast system, no ghettoes, no master race except with respect to Negroes?

最新号のTIMEは1968年のバルチモアの暴動を取り上げ、あれから変わったのかという問いかけのものでした。Tavis Smileyのエッセイも1967年のキング牧師のBeyond Vietnamというスピーチを取り上げていました。彼はキング牧師がスピーチで脅威だと語っていたRacism, poverty and militarismが2015年になっても脅威であり続けることに警鐘を鳴らしています。

On April 4, 1967, Martin Luther King Jr. gave the most controversial speech of his life, “Beyond Vietnam.” A year later to the day, almost to the hour, he was assassinated. In that speech he had pointed out a triple threat facing America: racism, poverty and militarism. In 2015, what are the issues still threatening our democracy? Racism. Poverty. Militarism.

Except Negroな状況だといまでも感じさせられるからこそ、Black Lives Matterと声を上げなくてはならない。そうだとするとTavis Smileyの言う通り当時から何も変わっていないという気持ちになりますね。
 

(補足)同情は真実を拒むことを露骨にみせないための演技なのだ

 
以下に引用させていただいた一節で、あれっと思ったことがあったので補足です。

世界を股にかけた報道写真家・岡村昭彦
前坂 俊之 (静岡県立大学国際関係学部教授)
「南ベトナム政府軍兵士が農民に水責めの拷問を加えるシーン」など―ベトナム戦争の実 態を告発する9頁のスクープ写真が米写真週刊誌「LIFE」(1964年6月12日号)に掲載 され、『第2のロバート・キャパが生まれた』と編集後記で絶賛された。
報道写真家・岡村昭彦のデビュー作であり、一躍、その名は世界にとどろいた。
この写真の事前情報をつかんだラスク米国務長官は「ライフ」に載 せないように圧力をかけた。
ライフ側は岡村のネガを全部回収して、「やらせ」がないかどうか1枚1枚をすべてチェックし、ないことを確認して、一挙に掲載した。この 「ライフ」をみたニクソン副大統領は床にたたきつけて、怒り狂ったといわれる。


最後のくだり「この 「ライフ」をみたニクソン副大統領は床にたたきつけて、怒り狂ったといわれる。」は事実と合っていませんね。1964年はジョンソン大統領民主党政権ですし、前年のケネディ大統領暗殺を受けて、副大統領のジョンソンが大統領になっていたため副大統領は不在だったようです。それにニクソンが副大統領を務めていたのはその前のアイゼンハワー政権の頃で、1953年から1961年までの間です。

Life March 12, 1971

岡村昭彦三の「R・キャパ 戦場にロマンを見た男」というエッセイには1971年のLIFEのカバーストーリーがニクソン大統領を激怒させたとありました。

私はそのとおりに、ラオス侵攻作戦を報道し、「LIFE」誌の表紙をふくめた十頁の独占特集の報告で、“ラオスで行われつつあること”の素顔を世界の人々に知らせることができた。そこにはロマンはなく、不細工な証拠写真がモザイクのように組み立てられている。しかし、それ故に、ニクソン大統領を激怒させるほど、強いエッセイになったのだった。

私はいまもキャパを愛している。だからこそ、キャパを超えなければならない。私は第二のキャパとして、戦争の原因に深くメスを入れるような報道写真を撮りたいと思う。私の考える報道写真とは、戦争の原因をえぐり出し、二度と同じようなことを起こさせないための証拠となるものだからである。

ニクソンが大統領だったのは1969年から1974年までなので、これならつじつまがあいますね。ジャーナリストなんだから事実に基づいてしっかり書いて欲しいですね。

(オックスフォード)
Richard Nixon (1913–94)
the 37th US President (1969–74) and the only one to resign. He was elected to the US House of Representatives in 1946, where he was on the House Un-American Activities Committee, and then to the US Senate in 1950. He was Vice-President under President Eisenhower (1953–61) but was defeated by John F Kennedy in the 1960 election for President. As President, Nixon was successful in ending the Vietnam War and establishing a closer relationship between the US and China, but he is mainly remembered for having to leave office because of the Watergate scandal. He was given the nickname‘Tricky Dick’ because he was often not direct or honest in his dealings with people.

There can be no whitewash at the White House.
Richard Nixon about Watergate, 1973


(オックスフォード)
Nixon, Richard
(1913-94) a US politician in the Republican Party who was President of the US from 1969 to 1974. He helped to end the Vietnam War and improved the US's political relationship with China. He is most famous for being involved in Watergate and for officially leaving his position as President before Congress could impeach him (=charge him with a serious crime). Many people thought he was dishonest, and because of this he was sometimes called 'Tricky Dicky'.

ロングマンでも、オックスフォードでもTricky Dick(y)のことが書かれてしまっていますね。よっぽどの人なんでしょうね(苦笑)

He was given the nickname ‘Tricky Dick’ because he was often not direct or honest in his dealings with people.

Many people thought he was dishonest, and because of this he was sometimes called 'Tricky Dicky'.


補足の補足
もし1964年のLIFEならジョンソン大統領あたりではないとおかしいし、もしニクソンなら1971年のLIFEではないとおかしいでしょう。ラスク国務長官は1964年の話なので、流れからするとジョンソン大統領のことでしょうか。。。
 

同情は真実を拒むことを露骨にみせないための演技なのだ

 




東京都写真美術館の「岡村昭彦の写真 生きること死ぬことのすべて」を観てきました。この写真家の存在をしらず、自分にとってはビアフラ戦争を撮った日本人写真家がいたのかという興味でふらっと行ってきたのです。ビアフラ戦争は作家アディーチェの『半分のぼった黄色い太陽』を以前紹介しましたが、国境なき医師団(MSF)が創設されるきっかけとなった紛争としても知られています。

写真展を見て、こんな人がいたのか。こんな真摯に何かを伝えようと取り組んだ人がいたのかと感銘を受けました。なにか特別に心に残る写真があったというよりも、本人が「シャッター以前」と呼んでいるその姿勢をすごいと思いました。普通の人なら、ここまで手間をかけようとしないでしょう。

冷静に考えると、Yutaが共感を覚えるのは、英語学習でのYutaの立場が文化背景など、あらゆるものを踏まえて理解すべきというものだからでしょう。岡村さんの写真技術はそれほど高くなかったそうなので(Yutaは判断できる知識はありません)、英語学習で発音、語彙、文法など技術的アプローチをとる人は理想論を押し付けるだけの暑苦しいおじさんくらいにしか思わないかもしれません。

岡村昭彦の写真展 キャパを継いで戦場記した男
2014.8.22 12:30

【アートクルーズ】
 「キャパを継ぐウォーフォトグラファー」
 写真グラフ誌の「LIFE」からこう称された報道写真家・岡村昭彦の写真展「岡村昭彦の写真 生きること死ぬことのすべて」が東京都写真美術館(東京都目黒区三田)で開催されている。岡村が残した約5万点の写真の中から、報道写真家としての振り出しとなったベトナム戦争取材をはじめ、北アイルランド紛争、ビアフラ独立戦争など岡村が生きた足跡をたどるオリジナルプリント182点を展示。他に未公開写真100点も資料とともに展示。これほど体系的に岡村の写真を展開した写真展は初めてではないだろうか。
 岡村の代表的な仕事のひとつに1971年の南ベトナム政府軍によるラオス侵攻作戦の従軍ルポがある。徹底的な報道管制が敷かれる中で取材され、国際的なスクープとなった作品だ。

******

 「シャッター以前」。岡村がよく口にした言葉だ。フォトジャーナリストは何を記録するかという問題意識や世界観がバックグラウンドにあって現場に立たなければならないということだろう。岡村はそうした生き方を実践し、多くの共感を呼んだ。そして「前線に行き、カメラ1台持って“殺し屋の上前”をはねてこようという人たち」がたくさん生まれていると嘆いた。

1971年のラゴス侵攻の写真は以下で当時の雑誌Lifeで読むことが出来ます。本当にGoogleはすごいです。

Life March 12, 1971

以下は、In the Steps of Robert Capaと編集後記に書かれた、1964年Lifeの岡村さんデビュー作です。

Life June 12, 1964

世界を股にかけた報道写真家・岡村昭彦
前坂 俊之 (静岡県立大学国際関係学部教授)
「南ベトナム政府軍兵士が農民に水責めの拷問を加えるシーン」など―ベトナム戦争の実 態を告発する9頁のスクープ写真が米写真週刊誌「LIFE」(1964年6月12日号)に掲載 され、『第2のロバート・キャパが生まれた』と編集後記で絶賛された。
報道写真家・岡村昭彦のデビュー作であり、一躍、その名は世界にとどろいた。
この写真の事前情報をつかんだラスク米国務長官は「ライフ」に載 せないように圧力をかけた。
ライフ側は岡村のネガを全部回収して、「やらせ」がないかどうか1枚1枚をすべてチェックし、ないことを確認して、一挙に掲載した。この 「ライフ」をみたニクソン副大統領は床にたたきつけて、怒り狂ったといわれる。

東京都写真美術館は図書館も併設してあり、彼の著作を読むことが出来ました。以下のエッセイを抜粋するだけでも彼の真摯な態度を読み取れると思います


岡村昭彦集 1  南ヴェトナム戦争従軍記岡村昭彦集 1 南ヴェトナム戦争従軍記
(1986/03)
岡村 昭彦

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私の戦争報道

だれでも、一つの事件を第三者に公平に伝えようとすれば、まず双方の当事者の主張を聞き、それが真実がどうかを、なんらかの方法で確認したうえでなければ、公正を欠く恐れがあることを知っている。これがジャーナリズムの不動の憲法である。読者の側でも、この原則が守られていることを前提として、毎日のおびただしいニュースを受け取っているのだ。

岡村さんは真実の力が世の中をより良いものとしていくという信念があったようで、知識はパブリックなものでなくてはならないと考えていたようです。特に手厳しいのはセンチメンタルに流れる安易な態度です。

とくに日本の報道写真のうちでもっとも数が多く、もっとも質の低い写真は、民衆の泣いている場面をとった写真であろう。それは、事件の原因を追求してゆく力のとぼしいフォトグラファーのごまかしの手段として使われているからだ。

(中略)

それは読者の方々も、不幸の知らせを耳にしたときから、ハンカチを用意し、泣ける写真を待っているからである。フォトグラファーもそれが受けるというので、それをとる。なんのことはない。そこには事件の原因の追求とは別個に、読者とフォトグラファーによる別の次元の共犯が、初めから成立しているのだ。それはフィクションの世界の仕事であり、報道写真という記録がやるべきことではない。私たちが生命を賭けて写真をとるのは、その事件に対して、歴史の証言を提出せんがためである。

(中略)

人間が“可哀そう”という同情の立場をとるときは、すでにその相手に対して、連帯を拒否したときなのだ。つまり相手の立場に立って考えられないということは、他人の苦しみは三年でもがまんするということなのだ。どんなことでも、自分の問題として考えられなければ、真実は永遠にその人のもとから立ち去るのだ。人間は真実の上にのみ生きる価値を見出せるし、同情は真実を拒むことを露骨にみせないための演技なのだ。この知らぬうちに日本中にひろがってしまった、ヴェトナム戦争に同情を求めるハンカチに、こびを売って安物の花束を投げ込む仕事は、フォトグラファーの仕事ではない。

ふつうのサラリーマンの英語学習に、歴史や文化を踏まえて勉強するべきだなんて理想論を押し付けるまねは毛頭するつもりはありません。ただ、自分は英語で生活しているものです。岡村さんのような方に恥じない方法を追求していきたいと思いを新たにしました。
 

With nothing better to do

 



サントリー美術館で『徒然草 美術で楽しむ古典文学』という展覧会が開かれています。以前取り上げた事がありますが、この美術館のいい所は英語の音声ガイドがあることです。今回もTOEIC教材でもおなじみのChris Koprowskiさんが音声を担当されていました。

Essays in Idleness:
Enjoying Classical Literature Through Art
June 11th (Wed.) to July 21st (Mon.), 2014

Essays in Idleness (Tsurezuregusa), written by Yoshida Kenko; in the latter half of the Kamakura period, is regarded, with The Pillow Book (Makura no soshi) and An Account of My Hut (Hojoki), as one of the three great collections of essays in Japanese literature. Essays in Idleness, which begins with the phrase tsurezure naru mama ni, “with nothing better to do,” is one of the most familiar classics of Japanese literature. This exhibition presents famous scenes from those essays through the twenty Essays in Idleness Handscrolls by Kaiho Yusetsu, which were recently added to the museum’s collection, together with folding screens, illustrated books, and other depictions of them.

「つれづれなるままに」という書き出しはドナルドキーンさんは“with nothing better to do”と訳されているようで、サントリー美術館はキーンさんの英訳に従っているようです。Wikipediaには以下のようにSansomさんのものと比較していました。

(Wikipedia)
The work takes its title from its prefatory passage:

つれづれなるまゝに、日暮らし、硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。
Tsurezurenaru mama ni, hikurashi, suzuri ni mukaite, kokoro ni utsuriyuku yoshinashigoto wo, sokowakatonaku kakitsukureba, ayashū koso monoguruoshikere.

In Keene's translation:

What a strange, demented feeling it gives me when I realise I have spent whole days before this inkstone, with nothing better to do, jotting down at random whatever nonsensical thoughts that have entered my head.

Here つれづれ (tsurezure) means “having nothing to do.”

For comparison, Sansom's translation:

To while away the idle hours, seated the livelong day before the inkslab, by jotting down without order or purpose whatever trifling thoughts pass through my mind, truly this is a queer and crazy thing to do!

1914年のWilliam G Porterさんが訳されたThe Miscellany of a Japanese Priestは全文pdfで読めますが、以下のように訳されています。

Leisurely I face my inkstone all day long, and without any particular object jot down the odds and ends that pass through my mind, with a curious feeling that I am not sane.


Essays in Idleness and Hojoki (Penguin Classics)Essays in Idleness and Hojoki (Penguin Classics)
(2014/07/29)
Kenko、Chomei 他

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2013年12月にMeredith McKinneyさんによる新訳がペンギンから出たようで、彼女は以下のように訳しています。こちらは方丈記と一緒になっているのでコストパフォーマンスがいいですね。

What strange folly, to beguile the tedious hours like this all day before my ink stone, jotting down at random the idle thoughts that cross my mind…

今回の展覧会で久しぶりに『徒然草』を目にすることになったわけですが、700年も前の社会と変わらない部分が多いのだと改めて思いました。今の話題と絡めれなら以下の部分がピッタリでしょうか。ドナルドキーンさんの英訳と一緒に確認してみます。古文と現代文はこちらのサイトからいただきました。

[古文]
第73段:世に語り伝ふる事、まことはあいなきにや、多くは皆虚言なり。

あるにも過ぎて人は物を言ひなすに、まして、年月過ぎ、境も隔りぬれば、言ひたきままに語りなして、筆にも書き止めぬれば、やがて定まりぬ。道々の者の上手のいみじき事など、かたくななる人の、その道知らぬは、そぞろに、神の如くに言へども、道知れる人は、さらに、信も起さず。音に聞くと見る時とは、何事も変るものなり。

かつあらはるるをも顧みず、口に任せて言ひ散らすは、やがて、浮きたることと聞ゆ。また、我もまことしからずは思ひながら、人の言ひしままに、鼻のほどおごめきて言ふは、その人の虚言にはあらず。げにげにしく所々うちおぼめき、よく知らぬよしして、さりながら、つまづま合はせて語る虚言は、恐しき事なり。我がため面目あるやうに言はれぬる虚言は、人いたくあらがはず。皆人の興ずる虚言は、ひとり、「さもなかりしものを」と言はんも詮なくて聞きゐたる程に、証人にさへなされて、いとど定まりぬべし。

とにもかくにも、虚言多き世なり。ただ、常にある、珍らしからぬ事のままに心得たらん、万違ふべからず。下ざまの人の物語は、耳驚く事のみあり。よき人は怪しき事を語らず。

かくは言へど、仏神の奇特、権者の伝記、さのみ信ぜざるべきにもあらず。これは、世俗の虚言をねんごろに信じたるもをこがましく、「よもあらじ」など言ふも詮なければ、大方は、まことしくあひしらひて、偏に信ぜず、また、疑ひ嘲るべからずとなり。

(ドナルドキーン訳)
Is it because the truth is so boring that most stories one hears
are false? People tend to exaggerate even when relating
things they have actually witnessed, but when months or
years have intervened, and the place is remote, they are all
the more prone to invent whatever tales suit their fancies,
and, when these have been written down, fictions are accepted as fact. This holds true of skill in the various arts;
ignorant men who know nothing about these arts praise the
masters indiscriminately, as if they were gods, but the expert
gives no credence to such tales. Things known by report ah
ways prove quite different when one has actually seen them.

When a man spews forth whatever nonsense comes to his mind, not caring that he may be exposed on the spot, people soon realize that he is lying. Again, if a man, though himself doubting the truth of a story, tells it exactly as it was related to him, with a self-satisfied twitching1 of the nose, the lie is not his. But it is frightening when a man tells a lie convincingly, deliberately blurring the details in places and pretending not to remember exactly what happened, but carefully leaving no loose ends. Nobody protests very energetically at a lie which redounds to his own prestige.


If, when everyone else is listening with pleasure to some lie, you decide that it would be pointless to be the only one to protest, "That wasn't what happened," and listen in silence, you may even be cited as a witness, and the story will seem all the more authentic.

There's no escaping it - the world is full of lies. It is safest always to accept what one hears as if it were utterly common place and devoid of interest.

Stories told by the lower classes are full of startling incidents. The well-bred man does not tell stories about prodigies. I do not mean to suggest, however, that one should not believe wholeheartedly in the miracles of the gods and buddhas, or in the lives of the incarnations. It is foolish to accept Popular superstitions uncritically, but to dismiss them as being "most improbable" serves no purpose. In general, the best course is to treat such matters as if they were true, neither giving one's unqualified belief nor doubting or mocking them.


[現代語訳]
世に語り伝えられていることは、本当のことは面白くないのだろうか、その多くはみんな嘘である。

実際にあったこと以上に人は大袈裟に言うが、ましてや、年月が過ぎて、国境も隔たってしまえば、言いたい放題(書きたい放題)に語り伝えて、書物にも記録されることになると、やがてその誇張された嘘が真実として定まってしまう。その道の専門家が書いた本になると、その方面に明るくない人は神のごとくにその内容を信じるが、その道をよく知る者であれば簡単には信じない。聞くのと見るのとでは、何事も大違いなのである。


すぐに嘘がばれることも気にせず、口に任せて虚言を言い散らせば、そのうち、根も葉もない嘘だと分かってしまう。また、(その虚言を聞いた者が)内心ではありえないことだと思いながらも、人から聞いたままに、鼻を動かして興奮しながら語るのは、その人本人のつく嘘ではない。

いかにも本当らしくところどころを曖昧にしながら、肝心の部分は良く知らないふりをして、さりげなくつじつまを合わせて語る虚言は、(世の中を乱すという意味で)恐ろしいものである。 自分の面目を立てて名誉にもなる虚言には、人々は全く否定しようとしない。みんなが面白がっている嘘に対しては、自分ひとりだけが『そうではない』と言っても仕方が無くて、そのまま聞いているうちに、自分が虚言の証人にすらされてしまい、そのまま虚言が事実になってしまう。

とにもかくにも、虚言の多い世の中である。人の言うことなど、当たり前で珍しい事などあるはずもないと思っていれば、虚言に流される事もない。世間で噂される虚言は、驚くようなものばかりだが、まともな人間は真偽の怪しいことを語らない。

とは言うものの、仏陀の伝記や、神仏の奇跡については、信心もあって信じないわけにはいかないだろう。世間の虚言をまともに信じることはバカらしいが、仏教の説話については『こんなことがない』といっても仕方がないことである。大体、本当のことだろうと思いながらも、むやみに信じないことが大切だが、だからといって、疑ったり嘲ったりすべきものでもないのだ。
 

ラファエル前派と歩行者天国

 
BBCのラファエル前派に関する2回目にミレーのオフィーリアが登場しています。チューブ入りの絵の具によって戸外で絵を描くことができるようになり、印象派が生まれる土壌となったという方もいたと思いますが、それより前にミレーは戸外での絵画作成に取り組んでいたのですね。過去を振り返るときは、我々が当たり前に思っていることが当時は当たり前にはなかったこともあるということを常に意識したいです。



自然に対する意識の変化については、以前紹介したテート美術館のサイトやカーンアカデミーの動画でも触れています。



35秒あたりから
And Shakespeare described the place where that happens and he described the flowers and the willow tree. And Millais picks up on that with interest in the Botanical setting and expands on it.
The botanical specificity, this is an artist who is really taking Ruskin seriously.
Ruskin advised artists to‘go to Nature in all singleness of heart, rejecting nothing, selecting nothing, and scorning nothing.’
That is that nature itself has a kind of spiritual power and who are artists to mess with god's work.
That's right. But that was the academic tradition to take from nature and improve on it and to idealize it. That was what in fact Leonardo had advised. That’s the foundation of the academic tradition.
And so Millais is completely rejecting that. He's going into nature and he's trying to be as true to what he sees as possible. It's interesting because when we think of painting in plein air. That’s when we think painting outside we often think of the late 19th century French painting. We think of the Impressionists but of course the Pre-Raphaelites in England were taking this seriously mid-century.

当時は、自然を目に映るままに捉えることは規範に外れていたもので、理想化して描かなくてはいけないというのがアカデミックな伝統だったのですね。動画でも触れていた、戸外で描くことの大変さについてはテート美術館のPainting in the landscapeでも触れています。

Ophelia learning resource
Ophelia was part of the original Henry Tate Gift in 1894 and remains one of the most popular Pre-Raphaelite works in the Tate’s collection. Shakespeare was a frequent source of inspiration for Victorian painters. Millais’s image of the tragic death of Ophelia, as she falls into the stream and drowns, is one of the best-known illustrations from Shakespeare’s play Hamlet.

John Everett Millais, William Holman Hunt and Dante Gabriel Rossetti were the founding members of a group of artists called the Pre-Raphaelites formed in 1848. They rejected the art of the Renaissance in favour of art before Raphael, Michelangelo and Leonardo (15th -16th centuries). The Pre-Raphaelites focused on serious and significant subjects and were best known for painting subjects from modern life and literature often using historical costumes. They painted directly from nature itself, as truthfully as possible and with incredible attention to detail. They were inspired by the advice of John Ruskin, the English critic and art theorist in Modern Painters (1843-60). He encouraged artists to ‘go to Nature in all singleness of heart.rejecting nothing, selecting nothing, and scorning nothing.’

The Pre-Raphaelites developed techniques to exploit the luminosity of pure colour and define forms in their quest for achieving ‘truth to nature’. They strongly believed that respectable divine art could only be achieved if the artist focused on the truth and what was real in the natural world.

かなり無理矢理ではありますが、歩行者天国を取り上げたのは下記の展覧会のパンフレットで「歩行者天国が始まった日」(昭和45年(1970))というタイトルの写真に「自然に帰ろう!自由に遊ぼう!今日は歩行者天国です」という看板があったからです。

写真展 新宿・昭和40年代 ―熱き時代の新宿風景―
会 期 : 平成 26 年 2 月 8 日 (土) - 4 月 13日 (日)

1968年のパリ学生運動でもSoul les paves, la plage.(歩道の下は海岸だ)という落書きがこの運動を象徴するものとして使われています。まだ生まれていない自分が分かったように書くことはできないのですが、Go to Natureという雰囲気があったように思えてならないのです。



Go to Natureの思想の内容について立ち入る能力はありませんが、それまでの社会規範が状況にふさわしくなくなるとこのような反応が出やすくなるのかもしれません。

最後は余談になりますが、Soul les paves, la plage.(歩道の下は海岸だ)はピンチョンのInherent Viceという小説の始まりに出てきます。


Inherent ViceInherent Vice
(2010/08/05)
Thomas Pynchon

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Under the paving-stones, the beach!
Graffito, Paris, May 1968


Soul les paves, la plage.というフレーズに持ち出してしまったのは、過去のブログで取り上げたEconomistの記事でこのフレーズをもじってSous la plage, les pavesと使っていたからです。こちらは人の手が入っていない自然がないことを揶揄して使っています。こういう有名なフレーズを押さえることはEconomistやTimeの理解の助けになっていきますね。


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