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Uncharted Territory

自分が読んで興味深く感じた英文記事を中心に取り上げる予定です

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構文に食いつく前に

 

大学受験英語の知識だけでは読み間違える英文を見つけた。

I can show you what our cafeteria has to offer.

後ろから訳していくと has to があるので「〜しなければならない」と訳すともうお手上げ。

大学受験英語では指摘済みだという反論も見られますが、TOEIC対策だとこういう丁寧な文ごとの読解は対策書では端折っているので、TOEIC対策にこそこの指摘が当てはまるかもしれません。

ちょうど似たようなことを以前取り上げようとしてたので、便乗させてもらいます。Yutaが調べたのはused toでした。used to聞いたら、次の構文の違いを熱弁するというのが大学受験英語のイメージです。。。

used to不定詞 かつては〜していた
be used to -ing 〜するのに慣れている

確かにTOEICでも上記の構文チックなものは使われています。

公開18年6月 Part4
And if you're used to paying a lot for fitness drinks,  you'll be pleasantly surprised at our affordable price. 
(フィットネス飲料に多額のお金を払うに慣れ切ってしまっていたら、この商品の手頃な価格は嬉しい驚きとなるでしょう)

既出 T4 Part3
By the way, I used to live in Toronto - I'd be happy to give you some recommendations for places to visit in your free time
(ところで私はトロントに住んでいたことがあります。自由時間に行く場所をいくつかお勧めしますね)

まあでもTOEICで圧倒的に登場するのは、動詞useの受動態でした。

公式2 T3 Part7
The app can also be used to pay for orders.
(このアプリは、注文の支払いにも利用できます)

公式2 T2 (L&R3) Part7
You must also present the credit card you used to prepay for your rental vehicle.
(レンタカーを手配する時に使用したクレジットカードを提示いただく必要があります)

こういうのは文単位で丁寧に読んでいれば、構文を機械的に当てはめても意味が通じないので、なんか違うぞと考えることができますが、TOEICのように時間的プレッシャーの中で読んでいると無茶なストーリーを勝手に作ってしまいやすいんですよね。。。

構文→構文の通じない例外という流れではなく、まずは基本語を基本通りに読んでいくという流れが作れたらいいんだろうなとは思うんですが、じゃあどのようにすればいいのかなんてアイデアはYutaには全くありません。。。
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賢治とキップリング

 
青谷さんの本でドナルドキーンさんも英訳しているのを知りました。どんなものか知りたくて調べてみると次のようになっていました。カーペンターさんの訳はキーンさん寄りですね。

Undaunted by the rain,
Undaunted by the wind,
Undaunted by the snow or the summer heat,
With a strong body
And no desires,
Never losing my temper,
I will always keep smiling....

キーンさんが訳したのはDawn to the Westという日本文学史の教科書といえる本で、宮沢賢治を取り上げる中で上記のところだけを訳していました。キーンさんは宮沢賢治の詩では永訣の朝や無声慟哭の方を評価しておりそちらは全訳していました。パルバースさんと比べてずっと冷静に評価しています。元祖相田みつをみたいに捉えている感じです(笑)

This poem is much less Kiplingesque in the original than it may seem in translation. All the same, it is by no means one of Miyazawa's best poems, and it is ironic that this should be the one poem for which he is universally known, a poem inscribed for inspirational purposes on plaques and souvenir towels, and meorized by would-be emulators of his steadfast purpose. The poem is affecting, it is true, but less because of its contents than because of the background. One cannot help but be struck by the picture of Miyazawa writing this poem of resolution and self-encouragement even as he lay at the point of death.

これは賢治の最良の詩とはとても言えず、この詩が額に飾られたり手拭いに印刷されたり、その不動の信念にあやかろうとする者によって暗記されたりして賢治の代表作のように見なされているのは皮肉である。確かにこの作品は胸をうつが、それは内容よりも、この詩を作った時の状況が感動的なのである。死を目前にした賢治がこうして強い意志を表わし、自分を励ましている姿には感銘を受けずにはいられない。
(日本文学史-近代・現代篇)

This poem is much less Kiplingesque in the original than it may seem in translation.(この詩は翻訳で感じられるようなキップリングのような感じは原文ではほとんど感じない)という部分が翻訳では訳されていません。Kafkaesqueだったらカフカの小説のような不条理な感じだというのは想像できますが、Kiplingquesqueとはどういった感じなのでしょうか。

(オックスフォード)
Rudyard Kipling 
(1865-1936) an English writer. He was born in India, where many of his books are set (e.g. The Jungle Book and Kim), and worked there as a journalist in the 1880s. He wrote in a wide range of forms, including novels, short stories and poems for adults and children. Many of his poems are still very popular, including If, Gunga Din and Mandalay (1892). The characters in his work are often soldiers in parts of the British Empire, and he has been accused of taking too much pride in the British Empire and its use of military force. In 1907 Kipling became the first English writer to receive the Nobel Prize for literature.



キーンさんはキップリング のIfという詩を念頭に置いている感じがします。翻訳はこちらのブログから抜粋させていただきました。

If you can keep your head when all about you
Are losing theirs and blaming it on you;
If you can trust yourself when all men doubt you,
But make allowance for their doubting too;
If you can wait and not be tired by waiting,
Or being lied about, don't deal in lies,
Or being hated, don't give way to hating,
And yet don't look too good, nor talk too wise:

もし君が、みんなに非難され、冷静さを失いそうなときにも、冷静でいられることができるなら、 
もし君が、すべての人から疑われれも、自分を信じて、疑った人たちを許すことができるなら、 
もし君が、待つことができ、飽きずに待てるなら、 
また、嘘をつかれても、嘘とかかわらなければ、 
また、人に憎まれても、人を憎まなければ、 
そして、あまり気取らず、知ったかぶりをしなければ、

(中略)

If you can talk with crowds and keep your virtue,
Or walk with kings -- nor lose the common touch,
If neither foes nor loving friends can hurt you,
If all men count with you, but none too much;
If you can fill the unforgiving minute
With sixty seconds' worth of distance run --
Yours is the Earth and everything that's in it,
And -- which is more -- you'll be a Man, my son!

もし君が、自分の美徳を崩すことなく(自分を見失わずに)、人々と話をすることができるなら、 
また、庶民の感覚を失うことなく、王様とともに道を歩むことができるなら、 
もし君の敵と愛する友人のどちらもが、君のことを傷つけることがないのであれば、 
もし君が、全て人が大切であり、大切にしすぎなければ、 
もし君が、失敗の許されない一分間を、60秒間の長距離走のように走ることができるなら、 
この世界はもう君のもの、すべてはそのなかに詰まっている
そして、君は一人の立派な人になるのだ



以前このブログでも取り上げましたが、賢治の場合は病に伏せていましたので、そんな人間には現実には到底なれないというのを身にしみて分かっていて書いていますので、確かにキップリングの詩で描かれているあるべきジェントルマンとは別物ですね。テニス好きのYutaとしてはウィンブルドンにこの詩の一節が書かれているというのに反応してしまいました。キップリングの詩はフェデラーやナダルなら確かに似合います。

(Wikipedia)
ビクトリア時代における禁欲主義への回帰、すなわち、窮状でも毅然とした態度を保つ英国人の気概として、"If—" は正当な文化資本の名残をとどめている[7] 。この詩の英国における文化建設的地位は、数々の詩のパロディーや英国人による認知度により裏付けられる[8][9]。
インドでは、プネ市にある国防士官学校(英語版)で、詩のコピーは士官室の勉強机の前に掲げられた。英国では、第2詩節3-4行目である “If you can meet with Triumph and Disaster / and treat those two impostors just the same” の句が、ウィンブルドン選手権の開かれるオールイングランド・ローンテニス・アンド・クローケー・クラブセンターコートの選手入場口に描かれている[1]。

In Britain, the third and fourth lines of the second stanza of the poem: "If you can meet with Triumph and Disaster / and treat those two impostors just the same" are written on the wall of the players' entrance to the Centre Court at the All England Lawn Tennis and Croquet Club, where the Wimbledon Championships are held.



Many of his poems are still very popular, including If, Gunga Din and Mandalay (1892). とオックスフォードが説明してくれているようにifという詩はいろいろな有名芸能人が読んでいる動画をYoutubeで見つけることができます。それだけ広く知られているんでしょう。宮沢賢治をあまり知らない英国人やアメリカ人がUndaunted by the rain, Undaunted by the wind,という詩を読んだら、キップリング のifという詩を連想するかもしれない。そんな配慮からThis poem is much less Kiplingesque in the original than it may seem in translation.(この詩は翻訳で感じられるようなキップリングのような感じは原文ではほとんど感じない)のでしょうね。同じような内容でも人によって連想するものが変わる、こういうのも翻訳では念頭に置かなくてはいけないことかもしれません。
 

賢治と陽水

 


次の記事でロバートキャンベルさんが井上陽水の詩を訳した『井上陽水英訳詞集』を出版されたのを知りました。3000円近くしますが、歌詞の英訳だけではなく、どのように翻訳したのかを説明してくださっているので英語学習的にもとても勉強になります。次は翻訳について語っているところ。

村上 隆則2019年05月17日 10:44

翻訳という作業は、元の言語をどのくらいの深度で理解して、意味、感情など、元の詩や文章を読んで感じることを再現するかが課題になってきます。加えて今回は歌詞の翻訳なので、リズムや速度、音の調子なども制御する必要がありました。

「日本語には主語がない」とよく言われることですが、まさにその問題にぶつかったところです。こういうのは具体的な文脈で色々考える方が勉強になります。

『傘がない』の英訳に思わぬダメ出し
—— 反対に、難しかったものはありますか

『傘がない』は陽水さんの代表曲のひとつでもありますが、翻訳するにあたって難しかった歌詞です。この歌詞は、「都会では自殺する若者が増えている 今朝来た新聞の片隅に書いていた」「テレビでは我が国の将来の問題を 誰かが深刻な顔をしてしゃべってる」といったように、時事に沿って書かれているように見えます。これは私もすごく好きな歌で、70年代の若者達が分別くさく語っている大人たちに背を向けて雨の中彼女に会いに行く、というシンプルな内容だと思っていたんです。

それで当初、タイトルを「I've got no umbrella」としました。この訳は日本語を英語にする時よくやるように、一人称をつけています。日本語は話者同士の関係性や文脈に依存するところが大きく、数や人称や時制を補わないと英語として固まらないことが多いからです。しかし、これを陽水さんに見せたところ、ダメ出しをされてしまって。

—— 一見、間違っていないようにも思いますが

そのダメ出しはまさに付け加えた「I」へのものだったんです。つまり、「『俺の傘』ではないんです、その理由を考えて下さい」と言われてしまった。でも歌詞には「君の町に行かなくちゃ」とあるし、おそらく男の主人公がいるはずだと当時の私は思っていて。なぜ陽水さんはそんなにこれを否定するのか悩んだんです。それで陽水さんに答えを聞くと、「傘というのは、生きているうちにある色んなことから自分たちを守ってくれるものだから、誰かのものであってはならないんです」とおっしゃった。それで、「No Umbrella」にしてくださいと。これは今回の50曲のなかで井上陽水さんが唯一、英訳した部分ですね(笑)。

キャンベルさんは次のように訳されていました。

傘がない
都会では自殺する若者が増えている
今朝来た新聞の片隅に書いていた
だけども問題は今日の雨 傘がない 

行かなくちゃ 君に逢いに行かなくちゃ
君の町に行かなくちゃ 雨にぬれ

No Umbrella
In the cities, youth suicides on the rise."
It's written so in a corner of the morning paper.
But hey, the problem is, you know, today's rain - there's no umbrella.

I've gotta go, gotta get out, out to see you
over to your side of town drenched in the rain.

宮沢賢治の雨ニモマケズも主語をどうするかは問題になりますね。青谷さんとカーベンターさんの強力タッグの英語朗読でたのしむ日本文学では、カーペンターさんは次のように語っていました。

Julie's Eye
The first difficulty was how to render「負けず」- a common verb in Japanese that doesn't call attention to itself. I wanted to find a word that conveyed strength and dignity and that also had a nice sound to it. I settled on "undeterred" as the closest I could come. I think the three syllables of that word balance the monosyllable “rain" and give the line a nice rhythm: “pum-pa-pum-pa-pum." The second diffculty was the subject, which I decided to omit as far as possible, as in Japanese. The poem reads like a prayer, and leaving out the subject helps to convey Miyazawa's spirit of humility.


雨ニモマケズ
Undeterred by Rain
まず難しかったのは、「負けず」という、ごく普通で、人の注意を引くことのない日本語の動詞を、英語でどう表すかです。私は、強さや威厳を伝えた上で、響きもよい単語を見つけたいと思って、最も近いであろうundeterredに落ち着きました。節から成るundeterredが、1音節のrainとバランスを取っていて、その行全体が「パン·パ·パン·パ·パン」(un-de-terred-by-rain)という快いリズムになっていると思います。次に難しかったのは主語で、私は、日本語の原文と同様にできるだけ省くことにしました。この詩は祈りのように読めますし、主語の省略が、宮沢賢治の謙虚な精神を伝えるのに一役買っています。

ちょっと無理やり青谷さんの書籍を出しましたが、井上陽水はこの詩について歌っていていたことをキャンベルさんの本で知ったからでした。



ワカンナイ

雨にも風にも負けないでね
暑さや寒さに勝ちつづけて
一日 すこしのパンとミルクだけで
カヤブキ屋根まで届く
電波を受けながら暮らせるかい? 

Can't Grasp It

Don't give in to the wind or the rain,
make it through all the heat and cold
with just a bit of bread and milk all day
in a thatch-roof shack where
the air waves reach you can you really live like that?

君の言葉は誰にもワカンナイ
君の静かな願いもワカンナイ
望むかたちが決まればつまんない
君の時代が今ではワカンナイ

Nobody grasps what you're saying.
Can't grasp your silent wish either.
What a bore when your hopes take shape.
Now I can't grasp your past.

翻訳とはなんて大上段から語って何かした気になるのではなく、キャンベルさんの本や、青谷さんの本から個々の実践に身を置いた方が楽しいし、勉強になります。
 

Shinrin-yoku

 


実践ビジネス英語のトピックはWellness Tourism。TOEICで扱われるwellnessについては以前取り上げました。ポイントは身体面だけはなく、精神面での健康も入っている点でしょうか。日本の森林浴も登場していました。Yutaがロンドンの本屋を訪れた時、Ikigaiという本と一緒にShinrin-yokuの本も並べられていて、まあ向こうの人にとってはワビサビ・ヨガみたいな「日本文化」みたいな流れで捉えられているのでしょうか。

次の記事を読むとたくさんの関連本が出ているのがわかります。

By Lynn Garrett | Apr 24, 2019

Your mother knew what she was talking about when she told you to go outside and play. Science has confirmed that spending time in nature benefits human health, physically and emotionally—reducing stress, alleviating depression, and speeding physical recovery. At the center of current interest in the healing power of nature is a practice called shinrin-yoku, or forest bathing.

Forest bathing is simple: Leave your smart phone behind, find a place with trees, and drink in the calm and green as you amble, picnic, meditate, practice Tai Chi or yoga, or just breathe. Almost any activity will do; the goal is to be there and be present, without the distractions of modern life. The idea seems to resonate with readers: Several titles on forest bathing were published in 2018, but the topic has gathered steam in 2019, with at least a dozen new and forthcoming books.



Timeのサイトで見つかったのは次の記事。まあ記事というよりも、Forest Bathingの本を書いている著者によるものなのでプロモーションですね。最初の動画もそうですが、科学者の説明によって説得力を増そうとしています。

BY QING LI MAY 1, 2018
We all know how good being in nature can make us feel. We have known it for centuries. The sounds of the forest, the scent of the trees, the sunlight playing through the leaves, the fresh, clean air — these things give us a sense of comfort. They ease our stress and worry, help us to relax and to think more clearly. Being in nature can restore our mood, give us back our energy and vitality, refresh and rejuvenate us.

But what exactly is this feeling that is so hard to put into words? I am a scientist, not a poet. And I have been investigating the science behind that feeling for many years.

脱線しますがthe sunlight playing through the leavesという表現は訳しにくい日本語とされる「木漏れ日」にぴったりだなと思いました。


1. Komorebi
This word refers to the sunlight shining through the leaves of trees, creating a sort of dance between the light and the leaves. Although Japan certainly does not have a monopoly on an appreciation for nature, this word is a good indicator of the respect for nature and attention to the changing of the seasons embodied in Japanese culture.

TIMEに戻りますが、森林浴の説明です。

In Japan, we practice something called forest bathing, or shinrin-yoku. Shinrin in Japanese means “forest,” and yoku means “bath.” So shinrin-yoku means bathing in the forest atmosphere, or taking in the forest through our senses.

This is not exercise, or hiking, or jogging. It is simply being in nature, connecting with it through our senses of sight, hearing, taste, smell and touch. Shinrin-yoku is like a bridge. By opening our senses, it bridges the gap between us and the natural world.

日本人は誰もが森林浴をやっているから、長生きなんだ、みたいなトンデモな説明になりそうで怖いです。まあこういったのはお互い様でしょうけど。
 

楽園はない

 


金のセンテンス58に次のような文がありました。

The town has been particularly crowded lately because of its bicentennial festival.
その町は、200周年のフェスティバルのため、この頃特に混んでいる。

クック船長がニュージランドに初めて上陸したのがGisborneという町だったようで、金のセンテンスに似た文が見つけられるかもと改めて調べてみたら想像以上にドロドロしていました。。。

前回、先住民のマオリ族にとってクックの上陸をトラウマとして感じていることを取り上げたので次のような反応があったのは予想できました。

4:49 pm on 29 November 2018 Te Aniwa Hurihanganui, Te Manu Korihi Reporter
@teaniwahuri teaniwa.hurihanganui@rnz.co.nz
Ahead of celebrations to mark Captain Cook's arrival in New Zealand, a Gisborne iwi is demanding an apology for the atrocities he brought upon their people.

200周年の1969年に建造された、街を見下ろすクックの像が博物館に移設されたの認識の変化を表すのでしょう。

Felix Desmarais 20:19, Apr 30 2019

Captain Cook will go indoors for the first time in 50 years in May, and his first port of call will be the museum.

And he probably won't move again any time soon – "he" is a statue replica of the 18th century explorer.

The Cook replica statue will be moved on Friday, May 3, from its current spot on Titirangi into the care of Tairāwhiti Museum.

このような動きに反発する団体もあるようで、次のような反応を示していました。

posted by Mike Butler Thursday, 9 May, 2019 - 17:06

Sometimes "indigenous rights" activists make themselves look silly while trying to make a stand against celebrating Captain Cook’s visit, Hobson’s Pledge spokesperson Casey Costello said today.

(中略)

"The suggestion that Maori are labouring under any type of pain or hardship, as "mamae" means, as a result of Captain Cook’s arrival, has no foundation," Ms Costello said.

"When was the first complaint about Cook’s arrival? It was never an issue in our family. Has a complaint about him been taken to the Waitangi Tribunal in the last 30 years? Any protest in the 1960s? Did anyone raise the issue as the Treaty of Waitangi was signed? No," she said.

"The protests suddenly appeared when plans for the 250th anniversary appeared. The platform was created and the protesters appeared," Ms Costello said.



Hobson's Pledgeという団体はYoutubeの動画では歴史修正主義の団体と手厳しく批判しています。マオリ族への収奪も都合よく解釈しているようです。

(ウィキペディア)
Hobson's Pledge is a lobby group in New Zealand that was formed in late September 2016 to oppose alleged Māori favouritism and to advocate equality for all New Zealanders regardless of race. It is named after William Hobson, the first Governor-General of New Zealand and co-author of the Treaty of Waitangi.[1][2]



『否定と肯定』という映画を引き合いに出したくなったのは、強制収容所のガス室がなかったと主張していた人がI am not racistと語っていた点。見事にこの団体リーダーの発言ともシンクロしています。

6:18 pm on 24 October 2018 Amy Williams , Journalist
Auckland University has apologised for publishing an article that described the lobby group Hobson's Pledge as "a racist and militantly anti-Māori group".

正直この団体がどれほどの支持を受けているのかわかりません。ツイッターのフォロワーも数百人にとどまっているので、それほどではないかもしれません。でもニュージーランドなんかでもそのような動きがあるんですね。
 

メリー・ポピンズとキャプテンクック

 


メリー・ポピンズでKick and pranceがdance、weep and wailがtaleといった音遊びのスラングが登場していました。クック船長もその音遊びのスラングで使われているようですね。ニュージランドとオーストラリア限定のスラングのようで、それだけこの地域ではクック船長の存在感があるということでしょうか。

(オックスフォード)
Captain Cook
NOUN
NZ, Australian rhyming slang 
A look.
‘we decided to take a Captain Cook at the next hotel’

ちょっと重い話が続いたので、小ネタでした。
 

Discoveryではない

 


ゴールデンウィークでロンドンを訪れた時に次の展覧会が大英博物館でやっていました。先ほどのベルギーとコンゴの話ではないですが、クック船長の探検も英国帝国主義のきっかけとなる出来事です。第二次世界大戦ぐらいまでなら偉大な発見として祝うのでしょうが、現在ではそんな単純にはいかないようです。

by BWW News Desk Nov. 29, 2018   
     
To mark the 250th anniversary of Captain Cook's first voyage, the British Museum today presents a new exhibition which re-examines the explorer's relationship with the people of the Pacific. Reimagining Captain Cook: Pacific Perspectives looks at the ways Cook's explorations are viewed in the places he visited and by descendants of the people he encountered. Objects from the British Museum's collection associated with Cook's voyages are displayed alongside contemporary artworks made by artists from the region. Together, these works demonstrate that the impact of his voyages remains complex, contentious and largely unresolved.

オックスフォードはHe was the first European to arrive on the east coast of Australia.と発見者のようには書いてないですね。

(オックスフォード)
James Cook (1728-79) 
an English sailor and explorer who made three journeys by sea to the Pacific Ocean. He was the first European to arrive on the east coast of Australia. He drew maps of the coasts of Australia, New Zealand and New Guinea. He was also the first European to arrive at Hawaii, where he was killed in a fight with the local people.

「発見」される側のニュージランドではクックをどう評価すべきかは、揺れているようです。1969年の200周年の時は単純に祝われていたようなので、ここ50年で認識が変わったということでしょう。



この動画で紹介されていた展覧会の紹介記事が以下です。大英博物館のより一層批判的なトーンが強くなっていますね。

Andre Chumko
17:30, Nov 01 2018

The arrival of Captain James Cook in New Zealand is celebrated by some as a discovery, but a new exhibition in Gisborne challenges that perception.

He Tirohanga ki Tai: Dismantling the Doctrine of Discovery will address the "historical inaccuracies ... of the European 'discovery'" of New Zealand and the island nations of Te Moananui-a-Kiwa, or the Pacific.

マオリ族にとってはもともと住んでいたんだし、一方的に侵略された被害者ですから複雑です。上陸の時点ですでにマオリ族の人が何人も殺されていたので反感は一層強いみたいです。

Cook's "controversial" nature was at the heart of the exhibition, alongside the idea of discovery, which "led Cook and the monarchy at that time to be able to declare any inhabited land as [belonging to no one] if those people weren't God-fearing, civilised, Christian people," Friend said.

"To celebrate, the discovery of New Zealand is continuing that old way of thinking – racist ideas around Māori not being civilised or equally as human or valued as Westerners. We wanted to provide a place for people to have that conversation."

オーストラリア政府も行事を計画しているようですが、こちらも祝賀一辺倒ということではない内容です。To commemorate the 250th anniversary of the voyage and acknowledge Cook's interactions with Indigenous peopleと発見という言葉は使わずにCook's interactions with Indigenous peopleとしています。

Provides information about the Australian Government's package of measures to commemorate the 250th Anniversary of James Cook's first voyage to Australia and the Pacific.


To commemorate the 250th anniversary of the voyage and acknowledge Cook's interactions with Indigenous people, funding is being provided to:

support a range of reflective exhibitions, activities and events to be delivered by the National Library of Australia (NLA), Australian National Maritime Museum (ANMM) and National Museum of Australia (NMA)
the Australian Institute of Aboriginal and Torres Strait Islander Studies to scope and commence activity relating to the return of culturally significant items from overseas
assist the New South Wales Government to deliver the Kamay Botany Bay National Park Master Plan.

さらに踏み込んだというか、ベルギーのアフリカ博物館でも収蔵品の返却が問題になっているように、ここでも収蔵品ではなく収奪品とみなし返却を促している取り組みがあるようです。このような取り組みにオーストラリア政府が資金援助をしているのですね。

Australian Institute of Aboriginal and Torres Strait Islander Studies (AIATSIS)

AIATSIS is leading a Return of Cultural Heritage Project to intensify the effort to bring Australian First Nations' cultural heritage material held overseas back to its original custodians and owners.

The anniversary marks the start of a process of Aboriginal and Torres Strait Islander cultural heritage being removed overseas. AIATSIS believes that as we approach this anniversary every effort needs to be made to secure return of items of Indigenous cultural heritage to Australia.

250周年に合わせてHistoryチャンネルもドキュメンタリーを作成したようです。



彼が小さい頃は大英帝国の領土が赤く染まった世界地図が学校に貼ってあったそうで、大英帝国は世界に秩序と啓蒙、クリケットをもたらすので良いことだと思われていたと語っています。彼でもそのような記憶があるのですから、植民地主義的な考え方はつい最近まであったということですよね。


2002年にBBCが一般投票を呼びかけた偉大な英国人では、1位がチャーチルで、12位がクックです。9位にネルソンもいるので、英国帝国主義に貢献した人が偉いと思うのは今でもあまり変わっていないのでしょう。

日本の場合は敗戦国でもあるので、ここら辺の価値観は戦前と戦後では大きく変わっているようです。

河合 敦歴史研究家
多摩大学客員教授プロフィール

テレビや雑誌などでは、しばしば「好きな歴史上の人物・偉人ランキング特集」が組まれますが、その多くは、決まったメンバーが顔を揃えていますように思えます。

戦国時代だと、確実に上位にあがってくるのが織田信長、真田幸村、伊達政宗などでしょう。幕末では坂本龍馬がダントツで、さらに高杉晋作、土方歳三、沖田総司などが続きます。そのほかの時代では卑弥呼や聖徳太子、夏目漱石なども根強い人気です。それこそ、今の女子高生に聞くと、「長宗我部元親」という声も上がるのかもしれません。

でも、戦前に同じアンケートをとったら、その結果は全く変わったものなったはず。たぶん今では考えられない、楠木正成、中江藤樹、二宮尊徳、和気清麻呂、乃木希典などがランクインしているのではないでしょうか。

時代によって偉人の人気や評価が変わる理由はどこにあるのでしょうか。

その理由一つは、皇国史観にあります。戦前は、天皇に忠節を尽くしたかどうかが、歴史人物の評価基準になっていました。だから、後醍醐天皇のために命を捨てた楠木正成や、皇位をねらった道鏡の野望をくじいた和気清麻呂が英雄視されたし、逆に、後白河法皇から朝廷の実権を奪った平清盛、後醍醐天皇の建武政府をつぶした足利尊氏の評価はクソミソだったのです。

個々人の考えはいつだって色々あるのでしょうが、時代を支配する考え方というのがあって、時代が変わるにつれてその良し悪しの評価も変わるのも一方であるようです。良い方向に変わっていけばいいですが、余裕がなくなってますます全体的に不寛容な流れになっていそうで怖いですね。
 

Ramadan Mubarak

 


イスラム圏でラマダンが始まったようですね。日本の場合はラマダン=テロ警戒というニュースになって、どうしてもイスラム=テロというステレオタイプが強化されてしまう感じです。その一方でカナダのトルドー首相はラマダンの開始を祝っています。

2019年05月06日19時26分
【カイロ時事】サウジアラビアなど中東のイスラム圏で6日、イスラム教徒が日の出から日没まで飲食や喫煙を断つラマダン(断食月)が始まった。預言者ムハンマドが神(アラー)の啓示を受けた最も神聖な月とされ、信仰心が高まる。イスラム過激派は例年ラマダンに合わせテロ攻撃を繰り返しており、各地で厳戒態勢が敷かれている。

ラマダンがいつ始まるかがニュースになるのは大切なイベントであるからですが、ラマダンの始まりを新月が見えるかどうかにかかっていて、その時にならないと分からない部分もありそうですね。that's subject to change because ...なんてTOEICお馴染みの文章で説明してくれています。

The schedule for Ramadan, Eid al-Fitr and Eid al-Adha
Scott Campbell
April 17, 2019 1:21 PM

This year, it's expected to start on Monday May 6 and go on until Tuesday June 4 – although that's subject to change because the dates are determined by the sighting of a new moon.

10連休後のブルーな気分の中、ラマダン中は6時間勤務でいいというのは羨ましくてしょうがないです。。。

イギリスもイスラム教徒の数が多いのでしょうか、労働党のコービン党首がラマダンを祝っています。



イギリスのメディアでラマダンの挨拶はRamadan Mubarakなのか、Ramadan Kareemなのかという記事もありました。まあHappy Ramadanと言っておけば間違いないようですが。。。このような記事が出ているのはイスラム教徒と触れ合う機会が多いということでしょう。

RAMADAN is the holiest month in the Islamic calendar. Muslims across the world are marking Ramadan 2019 with four weeks of fasting. But is Ramadan Mubarak or Ramadan Kareem the correct Ramadan greeting?
By FREDERICA MILLER
PUBLISHED: 05:00, Mon, May 6, 2019 | UPDATED: 09:48, Mon, May 6, 2019


For those who would rather avoid the debate, Happy Ramadan is a perfectly acceptable alternative.

Ramadan 2019 wishes, greetings and poems
There are lots of other wishes and greetings you can say to people observing Ramadan, these are just a few:

• Ramadan Mubarak Kareem quotes include:

• May this Ramadan be as bright as ever.

• Wishing you all the blessings of the holy month.

• As you fast and offer prayers to Allah, may you find your peace and happiness.

• Have a peaceful and happy Ramadan.

中東圏のニュースでは断食の健康面でのメリットなどより実践的なトピックを取り上げていました。このような各国でのメディア報道の違いは読み手に合わせて記事が作られている証拠ですね。

Some experts say restricting food intake during the day can help prevent health problems and improve mental health.
by Sami Rahman  
18 hours ago

ラマダン中は特製のCMも作られるようで、今年早速注目されていたのは次のCMでした。





 

Everything passes, except the past

 


GWを使ってベルギーのブリュッセルに行ってきました。アフリカ博物館を訪問するのが目的でした。植民地主義を称えている時代錯誤の博物館と批判されていて、数年間のrenovationを経て昨年12月に再開されました。動画ニュースでも触れていますが、「ベルギーがコンゴに文明をもたらす」という彫像が20世紀になってからも作られていたんですね。ベルギーにとっては向き合いたくない過去をどのように取り扱っているかという関心が自然と沸き起こります。

昨年末の再開時には色々なメディアが取り上げていました。読み比べてみるとEconomistがよくまとまっていることがわかりますが、様々なトピックを凝縮して書いているため事情を知らない人が読むと苦労しそうです。この情報密度の高さもEconomistが英語学習者には難しいとされている点でしょう。例えば記事は長いですがApolloという美術雑誌の特集を読んだ方がわかりやすいかもしれません。この記事を読んでからEconomistの記事を読み直すとよくまとまっていると感心することになります(実体験)

The struggle to tell the story of colonialism
Belgium’s revamped Africa Museum is a magnificently bizarre hybrid
Dec 6th 2018 | TERVUREN

Leopold and his ghosts
Belgium took longer than other European powers fully to acknowledge the dark legacy of colonialism. A third of white Belgians are thought to have family or business links to Congo or the other two former Belgian dependencies, Rwanda and Burundi. A society of veterans still battles fiercely to defend the reputation of Leopold and the colonial achievement in general. In particular, it points out that since Congo became independent in 1960 it has suffered under almost unparalleled misrule and misery.

日本の場合は敗戦国ですから敗戦と同時に植民地を全部手放しましたが、ベルギーの場合はそんな簡単ではなかったようで、Economistは国民の3分の1がコンゴなどのアフリカの植民地と関係があるとしています。Apolloの記事ではベルギーの家族のうち誰かがコンゴでは働いている人がいたとしていますのでそれだけ深い関係があったということでしょう。

Emilie Bickerton 2 MARCH 2019

Historically Belgium has been reticent to the point of denial about the reality of Leopold’s personal rule or the later colonial period. ‘In every Belgian family there was always someone who worked in the Congo,’ says Gryseels, ‘so every family was almost emotionally attached. It was a very emotional thing and Belgium was not up to [confronting] it.’ The first breaking of the silence came in the 1990s. The publication in 1998 of King Leopold’s Ghost: A Story of Greed, Terror and Heroism in Colonial Africa by the American writer Adam Hochschild was something of a turning point. The stomach-churningly brutal story of the administration of the Congo Free State was out of the bag. It was the first time these things had ever been said so publicly, and a jolt for those of Gryseels’s generation. ‘I never got any critical note whatsoever during my education,’ he says, recalling the stories he grew up with, of missionaries and nuns who ‘all did a fantastic job educating people’.

EconomistはLeopold and his ghostsというサブタイトルを使い、politicoの記事はThe man struggling to exorcize Leopold’s ghostというタイトルを使っています。上の抜粋で触れていますが、Adam Hochschildの本King Leopold’s Ghostを意識してのものでしょう。過去を見直すきっかけとなるインパクトを持った本だったのですね。

Confronting Belgium’s colonial legacy in a building constructed to glorify it is an ‘enormous challenge.’
By ESTHER KING 9/20/18, 4:00 AM CET Updated 4/19/19, 1:38 AM CET

日本にとってはベルギーのような遠い国の場合には「西洋中心主義や植民地主義を反省する」という綺麗事を押し付けたくなりますが、過去を直視することの難しさは次のChannel 4ニュースの後半に出てくる人物を見てもわかります。



この動画で驚きなのはそれだけではありません。1958年のベルギーでの万博でコンゴの人たちを連れてきて見世物にしていたことです。この時代はまだ帝国主義的な考え方の延長線上にあったのでしょうか。human zooというキャッチーな切り口を用いたNPRの記事はこちら。

September 26, 20187:30 AM ET

前振りが長かったですが、ようやく訪問の感想です。入口から博物館に向かう地下道で目に入ったのがEverything passes, except the pastという言葉。かっこいい言葉で過去と向き合う決意のようなものを感じます。博物館自体も平日にも関わらず学校の行事で来たであろう子供達や、高齢者のグループで随分と賑わっていました。

ようやく博物館に入ったところで、博物館の概要を説明している所の脇に次のような注意書きがあり過去の常設展示物をまとめていました。Channel 4の動画3分30秒あたりで取り上げていたコンゴ人を野蛮な人種として展示していたことに対する反省からなのでしょうが、動画で紹介されているようなあからさまな彫像はありませんでした。

Sidelined
From 1908 to 1960, the museum was funded by the Ministry of the Colonies. This was reflected in the selection and presentation of the exhibited objects. As a result, the
museum played an important role in the representation of Africa and Africans and in the glorification of the colony and its founders. Some aspects of this imagery are still at work.
The images and sculptures that you see here were previously part of the permanent exhibition, but no longer belong in that context.

博物館自体は植民地主義の反省というより、ベルギーの植民地だった国々の文化、歴史、自然を包括的に紹介しようとするものでそれはそれで価値のあるものと感じました。でも植民地時代のことも一区画使って紹介しています。その入り口にあった紹介文ですが、多方面に気を使った書き方をしています。

Colonial history and Independence
Taken in the context of the long history of Congo, Rwanda, and Burundi, the colonial period was relatively short. Yet, it has been decisive for the evolution of postcolonial society in the three countries, and in shaping their image in Belgium.

Today, historians fundamentally agree about the reconstruction and interpretation of the colonial past, but in terms of the public debate, it remains a very controversial period. The collections of the Royal Museum for Central Africa have been composed by Europeans; it remains a challenge, therefore, to tell the colonial history from an African perspective. The RMCA wants to stimulate interest in this period and to be a forum for lively debate.

さて肝心の植民地時代の残虐性をどのように展示しているのかという点ですが、このあたりはAdam HochschildのKing Leopold’s Ghostを読んだものとしてはだいぶ肩透かしを受けた印象です。よく紹介される懲罰として手を切り落としたと言ったショッキングな側面は展示スクリーンで触れられる程度で、被害の状況も以下のような書き方で踏み込んでいません。

How many victims did the Congo Free State make?
In the absence of precise data, it is particularly difficult to tell how many victims the Congo Free State made. Wars of conquest, exploitation, forced labour, punitive expeditions, population displacements, the disruption of agriculture, epidemics, and the introduction of unknown diseases cost the lives of enormous numbers of Congolese. Moreover, the birth rate declined sharply. The total population e deficit was catastrophic and rose to many hundreds of thousands, perhaps even several million-according to some, it amounted to one third of the total population. What is certain is that some areas were worse hit than others.

ベルギー人の多くがコンゴど関わりがある中で、このようなトピックを取り上げたことだけでも思い切ったことになるのかもしれませんが、なかなか過去と向き合うのは難しいのだなと実感させられる旅となりました。この程度だったら昔の展示の方を見てみたかったというのが本音です。その方が問題がはっきりしたでしょうから。
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