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自分が読んで興味深く感じた英文記事を中心に取り上げる予定です

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天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災 (中公新書)
(2014/11/21)
磯田 道史

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朝日新聞の「磯田道史の備える歴史学」という連載をまとめた『天災から日本史を読みなおす - 先人に学ぶ防災』という新書をすでに読んだ方もいらっしゃるでしょう。

内容紹介
豊臣政権を揺るがした二度の大地震、一七〇七年の宝永地震が招いた富士山噴火、
佐賀藩を「軍事大国」に変えた台風、森繁久彌が遭遇した大津波――。
史料に残された「災い」の記録をひもとくと、「もう一つの日本史」が見えてくる。
富士山の火山灰はどれほど降るのか、土砂崩れを知らせる「臭い」、そして津波から助かるための鉄則とは。
東日本大震災後に津波常襲地に移住した著者が伝える、災害から命を守る先人の知恵。

「すべての真の歴史は現代史である」という言葉が有名なクローチェを引き合いに出したまえがきの締めで述べた通り、災害の視点から日本史読み直しの実践をしてくれている本です。災害史というだけでなく、英語学習者にとっては「資料を読む」とはどういうことか、どんなことを念頭に置かないといけないかという点からもおすすめできるものです。

天災を勘定に入れて、日本史を読みなおす作業が必要とされているのではなかろうか。人間の力を過信せず、自然の力を考えに入れた時、我々の前に新しい視界がひらけてくる。あの震災で我々はあまりにも大きなものを失った。
喪失はつらい。しかし、失うつらさのなかから未来の光を生みださねばと思う。過去から我々が生きるための光をみいだしたい。クローチェのように。

ちょっと横道にそれますが「すべての真の歴史は現代史である」は英語だと"All history is contemporary history"となるようです。このような有名な言葉はエッセイなどのつかみで利用されます。まさにそのようなエッセイがありました。といってもYutaはこの言葉は知りませんでした。。。(汗)

I believe in yesterday
The history of the recent past is more popular with readers than ever – and just as well, because it
BY VERNON BOGDANOR PUBLISHED 17 DECEMBER, 2009 - 07:06

"All history is contemporary history," the Italian philosopher Benedetto Croce once said, meaning, no doubt, that all history was written from the point of view of contemporary preoccupations. Inevitably, perhaps, we look at the past through the eyes of the present. Even so, until very recently, contemporary history was regarded with suspicion by the professionals. When A J P Taylor read history at Oxford in the 1920s, most of his time was spent studying the medieval period. When he reached the Glorious Revolution of 1688-89, his tutor told him, "You know all the rest from your work at school, so we do not need to do any more." The further one gets from the present, the more "scholarly" one becomes.


歴史学を専攻にしている方にとっては当然のことかもしれませんが、最初に出てくる時刻についての扱いにハッとしました。

時計のない時代、人間は太陽の位置で時刻を知った。ゆえに、晴れた日の日の出・日の入りや正午近くにおきた地震は発生時刻が正確に記録されるが、曇った日や夜中におきた地震は、発生時刻がよくわからない。一六六二年の夜中におきた寛文京都地震の発生時刻を記録した古文書を二二例ほどみつけて比較してみたことがあるが、記録された時刻は実に三時間の開きがあった。

本では、資料同士の比較だけではなく、実際に現地に訪れ、地形などを確認しながら読み解いていきます。リーディングというのは、文を理解する、文書を理解するだけでは不十分な領域があることをこの新書を読むことで実感できると思います。当時の状況や実際の地形などをテキスト外にあることを用いて検証しながら読み進めることが時には重要なのです。

最近英語学習業界には「英語力なしで。。。」「留学なしで。。。」という言葉がキャッチとして多用されていますが、このような読解が求められる状況だとまったく不十分な経歴なんですよね。TOEICなどの資格試験はなるべくテキスト外の知識に頼らないで解けるように設計していますが、実際の英語文書ではそうはいきません。だから資格英語どまりで、次のステージにいけない人々が英語教師でもあふれているのでしょう。

まあ堅苦しい話は抜きに、読み解いていくスリリングさを感じて、読んで理解するには幅広い検証が必要か本書で実感できればいいのではと思います。


Rhythms, Rites and Rituals: My Life in Japan in Two-step and  Waltz-timeRhythms, Rites and Rituals: My Life in Japan in Two-step and Waltz-time
(2014/12/01)
Dorothy Britton

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Dorothy Brittonさんの本でも関東大震災が登場していました。彼女が生まれた翌年に地震が起きて、残念ながらDorothyさんのおばさんに当たる方とその友人がお亡くなりになったようです。東京だけでなく横浜市内も壊滅的な被害がでたんですね。避難するために借りた葉山の家について書いているところで、東日本大震災にも触れている部分を紹介します。

The house we rented was at the top of a steep flight of steps from the beach. English friends of ours had spent from the beach. English friends of ours had spent the summer there, and were having a pre-prandial drink on the lawn on that day 1 September 1923, when the earth began to shake and the seawater suddenly receded, revealing unfamiliar rocks and leaping fish, before coming back in three long heaves, hurling great waves up against the walls of the royal villas. “GONE TO THE HILLS”. The message our friends had scratched on the wood of the front door was still there when I came back to Japan in 1949. Fortunately, that particular tsunami reached no higher than the garden, which was about 17 feet above sea level.

As I write this, three years after the magnitude nine Great Tohoku Earthquake of 2011, I am still overcome with sympathy for the victims of that even worse disaster. Those enormous tsunamis swept away town after town and thousands of people on Japan’s north-eastern coast. Thinking about their ordeal, I have finally understood, after all these years, why my father could not bear to look at a doll I had once made which my mother had forced me to hide away, out of his sight. It hurt my feelings at the time. I had never received an advertised ‘walking doll’ my parents had tried to order for me, a small lonely only-child, and when I was a little bigger I had tried to make a doll my size to keep me company. But it was so badly made, that its ugly face and straggly hair must have reminded my Father of all the gruesome corpses he had seen when searching for my Auntie Dorothy’s remains.


あの日を風化させないと語ることはたやすいですが、関東大震災の教訓は自分にとっては9月1日の避難訓練ぐらいしかありませんでした。。。
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