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Uncharted Territory

自分が読んで興味深く感じた英文記事を中心に取り上げる予定です

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見ないのに信じる人は、幸いである

 


久しぶりにとれた有給休暇で長崎に行ってきました。軍艦島見たさで決めた今回の旅でしたが、考えてみたくなったのが実際のモノを見ずに問題を考えることができるのかということ。原爆についてガイドの人に説明を受けた時に、長崎では浦上天主堂も立て直されてしまったので、原爆ドーム的な被害を今も伝えるものが少ないという話をして少し考えたことです。

冒頭のYoutubeはPaul Hamというオーストラリアの方の本の表紙なのですが、恐らく長崎の山王神社の一の鳥居だと思います。被害の甚大さと日本であることを伝えることのできる印象的なものですが、この鳥居は現在は残っておらずガイドブックにも触れられることがほとんどありません。詳しく説明してくださっているブログが以下です。

いまだに行方の知れない、山王神社一の鳥居
カテゴリ:被爆のこと・遺構・建造物

下の写真は被爆直後のものですが、ご覧のように奥の「一本柱鳥居(二の鳥居)」の手前には、山王神社の一の鳥居が、ほぼ原型のままで仁王立ちしています。爆心地近くに立っていたものの、爆風の通り抜けた方向と水平方向であったため、倒壊せずに残りました。
しかし、原爆落下から17年後の昭和37年3月に、運送会社のトラックがこの鳥居にぶつかって倒して後、どこかに撤去して以来、行方が知れない・・というのです。


一方、現存する「一本柱鳥居(二の鳥居)」は以下のまとめ記事でも取り上げられるほどの有名な場所です。現存するかしないかでこうも扱いが違ってしまうものなのですね。

10 Amazing Things That Survived Disasters
12/2/2014 by Grace Murano


The Sanno Shrine: The one-legged arc that survived the atomic bomb in Nagasaki

The Sannō Shrine, located about 800 meters southeast of the atomic bomb hypocenter in Nagasaki, is noted for its one-legged stone torii at the shrine entrance.

The well known one-legged torii (or arch) was one of the unanticipated results of the atomic bomb blast on August 9, 1945. One support column was knocked down, but the other somehow remained standing, even though it was rotated about 30 degrees on its pedestal base.

The surviving trees of Sannō Shrine are another living demonstration of destruction and regrowth. Two large camphor trees were scorched, burned and stripped of all leaves by the bomb's shock wave, and yet, despite everything, the trees survived. One tree in Nagasaki was designated a natural monument on February 15, 1969. The dead parts of the living trees have been enveloped by new growth.

The entire neighborhood was reduced to rubble by the explosion of the atomic bomb, but this gate, although located very close to the hypocenter, miraculously managed to resist the fierce blast and remain standing on one leg as though speaking silently about the horror of that day in 1945.


今回の旅でこれまで小馬鹿にしていた「福島第一原発観光地化計画」の必要性を強く感じてしまいました。現金な話ではありますが、観光というルートに乗らないと恐ろしいほど風化してしまうのが現状ですから(もちろん、観光になったら観光になったらで紋切り型になる危険性もあるでしょうが。。。)

「2036年、フクシマが希望の言葉になる」 福島第一原発観光地化計画を立ち上げた東浩紀さんに聞く「未来のつくりかた」
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投稿日: 2014年01月03日 09時23分 JST

「見ないのに信じる人は、幸いである」というのはなかなか難しいものだと思わされたのでした(日本語は新共同訳、英語はKJV)。

24:ヨハネによる福音書/ 20章 24節
十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。
24 But Thomas, one of the twelve, called Didymus, was not with them when Jesus came.

そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」
25 The other disciples therefore said unto him, We have seen the Lord. But he said unto them, Except I shall see in his hands the print of the nails, and put my finger into the print of the nails, and thrust my hand into his side, I will not believe.

さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。
26 And after eight days again his disciples were within, and Thomas with them: then came Jesus, the doors being shut, and stood in the midst, and said, Peace be unto you.

それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
27 Then saith he to Thomas, Reach hither thy finger, and behold my hands; and reach hither thy hand, and thrust it into my side: and be not faithless, but believing.

トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。
28 And Thomas answered and said unto him, My Lord and my God.

イエスはトマスに言われた。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」
29 Jesus saith unto him, Thomas, because thou hast seen me, thou hast believed: blessed are they that have not seen, and yet have believed.

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