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Uncharted Territory

自分が読んで興味深く感じた英文記事を中心に取り上げる予定です

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炭酸カルシウムの話

 
70年の談話についていろいろな意見もあるようですが、まずは、村山談話小泉談話も中国語や韓国語に訳されていますので、今回の談話も同様の対応をしてもらえるといいですね。

内閣総理大臣談話(日本語英語

戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
On the 70th anniversary of the end of the war, I bow my head deeply before the souls of all those who perished both at home and abroad. I express my feelings of profound grief and my eternal, sincere condolences.

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。
More than three million of our compatriots lost their lives during the war: on the battlefields worrying about the future of their homeland and wishing for the happiness of their families; in remote foreign countries after the war, in extreme cold or heat, suffering from starvation and disease. The atomic bombings of Hiroshima and Nagasaki, the air raids on Tokyo and other cities, and the ground battles in Okinawa, among others, took a heavy toll among ordinary citizens without mercy.

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。
Also in countries that fought against Japan, countless lives were lost among young people with promising futures. In China, Southeast Asia, the Pacific islands and elsewhere that became the battlefields, numerous innocent citizens suffered and fell victim to battles as well as hardships such as severe deprivation of food. We must never forget that there were women behind the battlefields whose honour and dignity were severely injured.

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。
Upon the innocent people did our country inflict immeasurable damage and suffering. History is harsh. What is done cannot be undone. Each and every one of them had his or her life, dream, and beloved family. When I squarely contemplate this obvious fact, even now, I find myself speechless and my heart is rent with the utmost grief.

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。
The peace we enjoy today exists only upon such precious sacrifices. And therein lies the origin of postwar Japan.

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。
We must never again repeat the devastation of war.


物質的には炭酸カルシウムなのかもしれませんが、遺骨を前に「一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった」と思い巡らすことができれば、戦争の決断などたやすくできなくなるでしょう。今、話題の本、『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』を読み始めました。興味ある方は堀川さんの動画を是非。お話も興味深いです。





『遺骨』という岩波新書を書かれた栗原俊雄さんも遺骨をめぐって毎日新聞で連載をされていました。東京に住んでいるためか、東京大空襲のお話が気になってしまいます。

戦後70年・戦没者遺骨、イマダ帰還セズ:

戦後70年・戦没者遺骨、イマダ帰還セズ:/17 東京、尊厳なき死
毎日新聞 2015年05月06日 東京朝刊

1945年3月10日未明、米軍の戦略爆撃機B29約300機が東京を襲った。たった2時間あまりの空襲で10万人が亡くなった。日本史の教科書に記されている。毎年の報道も分厚い。
 ではその10万体の遺体はどうなったのか。私の知る限り、このことを深く掘り下げた報道は少ない。
 残忍な空襲による被害は、日本軍や行政の想定をはるかに超えており、一体ずつねんごろに弔う余裕はなかった。国民の士気低下を防ぐため、軍などは身元確認もそこそこに、遺体の多くを公園や寺、学校などに仮埋葬した。


生き残ったものは生きていかなければいけないので、いたしたかった部分があるかもしれない。でも、僻地の遺骨ならともかく、東京で身元もわからない遺骨が眠ったままであるのはやるせないと感じてしまいます。

岩波新書の『遺骨』を読んで気になった点は、戦死者を弔う方法には国によって違いがあるということ。日本や米国などは遺骨を母国に返すのが通常ですが、イギリスではなくなった戦地で弔うようになっているようです。大英帝国で世界を支配していたからでしょうか。だからこそ、神奈川の保土ヶ谷に連邦墓地があるのですね。



堀川さんが動画でおっしゃっていた「誰もやろうとしないけど、やってみようと思えばできること」。堀川さんや栗原さんの取り組みは本当に大切なことだと思います。

お盆休みは勢いで買った江戸時代から大正までの政府の死者の弔い方の変遷についての洋書を読んでみようと思います。

Government by Mourning: Death and Political Integration in Japan, 1603-1912 (Harvard East Asian Monographs)– 2014/8/18
Atsuko Hirai


From the early seventeenth to the mid-nineteenth century, the Tokugawa shogunate enacted and enforced myriad laws and ordinances to control nearly every aspect of Japanese life, including observance of a person’s death. In particular, the shoguns Tsunayoshi and Yoshimune issued strict decrees on mourning and abstention that dictated compliance throughout the land and survived the political upheaval of the Meiji Restoration to persist well into the twentieth century.

Atsuko Hirai reveals the pivotal relationship between these shogunal edicts and the legitimacy of Tokugawa rule. By highlighting the role of narimono chojirei (injunctions against playing musical instruments) within their broader context, she shows how this class of legislation played an important integrative part in Japanese society not only through its comprehensive implementation, especially for national mourning of major political figures, but also by its codification of the religious beliefs and customs that the Japanese people had cherished for innumerable generations.

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