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Uncharted Territory

自分が読んで興味深く感じた英文記事を中心に取り上げる予定です

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カエルくんとくじら

 

翻訳教室 (朝日文庫)翻訳教室 (朝日文庫)
(2013/04/05)
柴田元幸

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『神の子供たちはみな踊る』に収められている短編「かえるくん、東京を救う」について、2006年に発売された柴田元幸先生の『翻訳教室』に収められていました。ルービンさんが訳した英訳を学生がさらに日本語に訳していく作業を柴田先生と学生で話し合うことで、英文のニュアンスなどを感じとることができます。なんと英訳者のルービンさんが参加してくれていますし、さらには、村上春樹と学生との質疑応答もあってこのNHK講座の予習としては最高の準備になるのではないでしょうか。

Super-Frog Saves Tokyo
But for one man, the struggle is deeper
BY HARUKI MURAKAMITRANSLATED BY JAY RUBINILLUSTRATED BY FURI FURI

Katagiri found a giant frog waiting for him in his apartment. It was powerfully built, standing over six feet tall on its hind legs. A skinny little man no more than five foot three, Katagiri was overwhelmed by the frog's imposing bulk.

"Call me 'Frog,'" said the frog in a clear, strong voice.

Katagiri stood rooted in the doorway, unable to speak.

"Don't be afraid. I'm not here to hurt you. Just come and close the door. Please."

Briefcase in his right hand, grocery bag with fresh vegetables and canned salmon cradled in his left arm, Katagiri didn't dare move.

*********

片桐がアパートの部屋に戻ると、巨大な蛙が待っていた。二本の後ろ脚で立ち上がった背丈は2メートル以上ある。体格もいい。身長1メートル60センチしかないやせっぽちの片桐は、その堂々とした外観に圧倒されてしまった。
「僕のことはかえるくんと呼んで下さい」と蛙はよく通る声で言った。
片桐は言葉を失って、ぽかんと口をあけたまま玄関口に突っ立っていた。
「そんなに驚かないでください。べつに危害をくわえたりはしません。中に入ってドアを閉めてください」とかえるくんは言った。
片桐は右手に仕事の鞄を提げ、左手に野菜と鮭の缶詰の入ったスーパーの紙袋を抱えたまま、一歩も動けなかった。

例えば「左手に野菜と鮭の缶詰の入ったスーパーの紙袋」がgrocery bag with fresh vegetables and canned salmonとなっているところのやり取りを読むと、vegetable=野菜でよいとすることはできない、外国語学習とは単語の一対一対応ではないことがうかがえます。

ルービン あのね、freshを入れないとイメージが湧かないんですよ。
柴田 そうか、アメリカではvegetablesって言うと冷凍食品の四角に切り刻んだ野菜とか思い浮かべちゃうんだね。日本語で「野菜」と言えば、四角に切った冷凍人参なんかじゃなくて当然キャベツやレタスといった生野菜だけどね。それでfreshが要るわけか。


さらには主語や疑問形か平叙文かのニュアンスの違いについて語っているところです。

Katagiri still had his briefcase jammed under his arm. Somebody's playing a joke on me, he thought. Somebody's rigged himself up in this huge frog costume just to have fun with me. But he knew, as he watched Frog pour boiling water into the teapot, humming all the while, that these had to be the limbs and movements of a real frog. Frog set a cup of green tea in front of Katagiri and poured another one for himself.

Q 先生、そこのところでちょっと。Somebody’s playing a joke on meって言い方は「誰かが」やっているっていうよりも、むしろ「冗談だろこれは?」って思っている自分の方に意識が行っていると思うんですよ。
柴田 それは鋭いな。
Q これが英語の原文であったら、somebodyを意識して訳す必要はないのでは?
柴田 つまり日本語で「これは冗談だ」と言うときでも、英語ではThis is a jokeと言う以外にSomebody’s playing a joke on meといった言い方もあるだろうってことね。まったくそのとおりですね。だからこれは「これは冗談に違いない」というような訳でもいいだろってことです。そういえば村上さんの原文でも、「これは何かのいたずらなのだろうか?」となっていて「誰かが」とはかいていませんよね。

さらに日本語では疑問形なのに英語では疑問形にしなかったのは、理知的に問いかけているというよりも「頭の中での想いが湧いてくる感じ」と説明してくださっています。

最初に気に掛ったところはもしかしたら「かえるくん、東京を救う」というタイトルがSuper-Frog Saves Tokyoとなっているところかもしれません。ルービンさんの説明です。

ルービン そう、インパクトがまったくない。それに、Super-Frogだと、ちょっとしたヒントみたいなものを読者に与えることになるんですよ。どういう話であるとか、文章の調子であるとか、諸々の要素を匂わせるような感じになる。
ところで、この”Call me “Frog””という言い方、みなさんんは何か思いつきました?これ、『白鯨』の書き出しのもじりなんですね。Moby-Dickの書き出しの、有名な一文です- Call me Ishmael. ”Call me “Frog””という言い回しは、それを彷彿とさせるんです。

『カエルくんとくじら』という記事タイトルにさせていただいたのはこのためでした。
オーソンウエルズとイギリス女優ティルダ・スウィントンのCall me Ishmaelが以下です。確かに「吾輩 は猫である。名前はまだ無い。」とか「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」とかあれば日本人ならすぐに何の作品か想像できますね。





翻訳家が選ぶ洋書この1冊でMoby-Dickが紹介された時の抜粋です。

 Call me Ishmael. Some years ago--never mind how long precisely-- having little or no money in my purse, and nothing particular to interest me on shore, I thought I would sail about a little and see the watery part of the world. It is a way I have of driving off the spleen and regulating the circulation. Whenever I find myself growing grim about the mouth; whenever it is a damp, drizzly November in my soul; whenever I find myself involuntarily pausing before coffin warehouses, and bringing up the rear of every funeral I meet; and especially whenever my hypos get such an upper hand of me, that it requires a strong moral principle to prevent me from deliberately stepping into the street, and methodically knocking people's hats off--then, I account it high time to get to sea as soon as I can. This is my substitute for pistol and ball.

 「おれ、イシュメルってんだ。何年か前のこと──正確な時期はどうでもいい
──財布もほとんど、というか、すっかりからになって、陸地では格別おもしろいこともなく、ちょっと船に乗って海でも見てこようかと思い立った。そうやって憂鬱(ゆううつ)を追い払い、血の巡りをよくするのが、おれの流儀なのだ。口のあたりが生真面目(きまじめ)にこわばってきたとき、魂にじめじめした十一月の細かい雨が降るとき、葬儀屋の前でふと立ち止まり、気がつくと葬列のしんがりに並んでいるようなとき、中でも、ふさぎの虫に取り憑(つ)かれ、道徳にすがって気持ちを引き締めないと、町に飛び出して、通行人の帽子を一つひとつ叩(たた)き落としたくなるとき──そんなときおれは、そろそろ海に出なきゃなと思う。そうしないと、弾を込めたピストルを使いたくなるんだ」。
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