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Uncharted Territory

自分が読んで興味深く感じた英文記事を中心に取り上げる予定です

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TIMEの読み方

 
TIMEのような雑誌は背景知識がないと分かりづらい文があることはTIMEに挑戦された方は感じてらっしゃることでしょう。そのいい例となるものがありました。自分も学ばせてもらったので、記事にしてみました。

kawahiroさんのブログ『英語の試験・検定ライフ』でサッチャー元首相の記事を取り上げてらっしゃいました。解釈に苦労された文としてあげられていたのは以下です。

Britain's antediluvian labor unions visited their grievances on long-suffering voters

(kawahiroさんの訳)「英国の時代遅れな労働組合が辛抱強い有権者に苦情をぶつけ」

日本語訳を読んでもなんだかよくわからないですよね。これから確認していくので分かりますが、kawahiroさんの訳に何か間違いがあると言うのではありません、今回のケースのもやもや感の原因というのは、背景知識の不足によるものでした。もちろんTIMEの記事のすべてが背景知識がないと読めない文なのではありませんが。。。。

引用された部分をもう少し広く見てみます。サッチャー首相の経歴を駆け足で確認している部分で登場しているので、詳しい補足説明がなしで書かれています。

Farewell to the Iron Lady: Margaret Thatcher (1925–2013)
By Catherine MayerApril 08, 2013

From 1964 to ’70, the Labour Party governed Britain, but when the Tories, against the odds, won the 1970 election, Edward Heath, the new Prime Minister, made her Secretary of State for Education and Science. After Heath lost power in 1974, she ran against him as party leader in 1975 and, to the astonishment of Britain’s famous chattering classes, was successful. In 1979, as the minority Labour government of James Callaghan floundered and Britain’s antediluvian labor unions visited their grievances on long-suffering voters, her party won a decisive victory. She secured two more terms of office, in 1983 and ’87, extending her majority in the House of Commons on both occasions, at the time an unprecedented feat in modern British political history.


ピンとこない部分はvisited their grievances on long-suffering voters(生活苦にあえぐ有権者に不満をぶつけた)ですが、ウィキペディアで調べて見ると以外にもあっさり解決しました。

労働党 (イギリス)
結党・福祉路線
1906年の結党以来、社会民主主義政党として労働者の生活の向上を唱え、失業保険の充実、社会保障制度の整備などに努めてきた。労働党が行った福祉政策の方向性を指して、「ゆりかごから墓場まで」という言葉が作られた。また、アトリー内閣では石炭や鉄道、通信などの重要基幹産業の国営化を行った。ただしフェビアン協会の影響力などもあり、党内で教条主義の影響力は限られ、キリスト教社会主義や社会改良主義の影響が強かった。また組織としては労働組合の組合員が事実上、自動的に労働党員となるなど、組合の影響力が非常に大きかった。

しかし、こうした福祉政策の充実と基幹産業の国営化は、植民地独立による大英帝国の没落とともに国家財政を逼迫させ、経済の悪化をもたらした。こうした状況は英国病と呼ばれた。優遇された労組の度重なるストライキにより社会が麻痺状態に陥った不満の冬(1978年〜1979年)が、イギリス国民の労働党不信を決定づけ、労働党は18年に渡り政権から遠ざかることとなった。1980年代から1990年代中頃までの保守党政権時代、特にマーガレット・サッチャー内閣にとってはこの英国病の克服は重要な課題であった。

「優遇された労組の度重なるストライキにより社会が麻痺状態に陥った不満の冬(1978年〜1979年)が、イギリス国民の労働党不信を決定づけ、」の説明を読んで改めてTIMEの記事の該当部分を読むと意味がすっと入ってきますね。

In 1979, as the minority Labour government of James Callaghan floundered and Britain’s antediluvian labor unions visited their grievances on long-suffering voters, her party won a decisive victory.

visited their grievances on long-suffering votersというのは労働組合がストライキをして有権者に迷惑をかけたことで、ストライキが頻発した「不満の冬」をgrievancesという一語で表していたんですね。このような経緯が分かっていればピンとくるんでしょうけど。。。
この「不満の冬」は英語ではWinter of Discontentとなるそうで、オックスフォードの学習辞典にも載っていました。Yutaの目安ですが、OALDにも載っている歴史的事項は基本的な事柄であるのでしょう。

(ウィキペディア英語版)
Winter of Discontent
The Winter of Discontent refers to the winter of 1978–79 in the United Kingdom, during which there were widespread strikes by public sector trade unions demanding larger pay rises, following the ongoing pay caps of the Labour Party government led by James Callaghan against Trades Union Congress opposition to control inflation, during the coldest winter for 16 years. The phrase "Winter of Discontent" is from the opening line of William Shakespeare's Richard III.

(オックスフォード)
winter of discontent
a phrase first used by some British newspapers and politicians to describe the winter of 1978–9 in Britain, when there were many strikes and economic problems. The phrase was taken from the opening lines of Shakespeare’s play Richard III. It was used to suggest that people were not happy with the way the Labour government was running the country. The same phrase is now used to refer to any difficult political situation that occurs during the months of winter
The problems in the power industry led to another winter of discontent.

オックスフォードにはa phrase first used by some British newspapers and politicians to describe the winter of 1978–9 in Britain, when there were many strikes and economic problems(一部の英国の新聞と政治家が最初に使ったフレーズで、英国の1978年から79年にかけての冬を表している。この時期にはたくさんのストライキと経済問題が起きていた)とありますね。また、この時期に限らず、冬の間に政治的な問題が起きたらこの表現が使われるともあります。

今年の冬にリチャード三世の遺骨が見つかったという発表がありました。その時にシェイクスピアの『リチャード三世』に触れさせていただきました。その時の記事の抜粋を再掲します。



上記の動画でもNow is the winter of our discontentと語る映像がありましたが、シェイクスピアの『リチャード三世』の始まりの独白の部分です。

Now is the winter of our discontent
Made glorious summer by this sun of York;
And all the clouds that lour'd upon our house
In the deep bosom of the ocean buried.
Now are our brows bound with victorious wreaths;
Our bruised arms hung up for monuments;
Our stern alarums changed to merry meetings,
Our dreadful marches to delightful measures.

今や、我らが不満の冬も、
このヨークの太陽輝く栄光の夏となった。
わが一族の上に垂れ込めていた雲はすべて、
水平線の彼方深く葬り去られた。
今や、我らが額には勝利の花輪が飾られ、
傷だらけの鎧兜は記念に吊るされ、
いかめしい鬨の声はさんざめく宴の声に、
猛々しい進軍は賑々しい踊りに変わった。

日本語は河合祥一郎さんの『リチャード三世』(角川文庫)から。

特に今回のTIMEの記事は要約的な部分で補足説明がなかった分理解するのが難しかったですね。このような場合は英文解釈的なものよりも、背景知識が要因のケースがありますから、今回のようにウィキペディアなどで関連事項を調べることでモヤモヤが解消されるかもしれませんね。
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