fc2ブログ

Uncharted Territory

自分が読んで興味深く感じた英文記事を中心に取り上げる予定です

RSS     Archives
 

独りだけでいるときこそ、最も独りでない

 
Never is he more active than when he does nothing, never is he less alone than when he is by himself.
なにもしていないときほど最も活動的であり、独りだけでいるときこそ、最も独りでない(大カトー)

こんな時なので、1977年の遺著であるハンナ・アレントの『精神の生活』で引用されていた言葉を思い出しました。気になって調べてみたら彼女の主著の一つである著作の最後に使われていた言葉であることを知りました。

1958年 『人間の条件』志水速雄(訳)
最後に思考について言えば、私たちは前近代と近代の伝統に従って、<活動的生活>を考察する場合にはそれを取り除いておいた。ともあれ、この思考も、人びとが政治的自由の中に生きているところでは、まだ可能であり、疑いもなく現存している。しかし、一般に思想家のいわゆる象牙の塔の自立性が云々されているにもかかわらず、残念ながら、思考ほどもろい人間能力はほかになく、実際暴政の条件のもとでは思考することよりもむしろ活動することのほうが容易なくらいである。生きた経験としての思考は、これまでずっと、ただ少数者のみ知られている経験であると考えられてきた。しかしこれはおそらくまちがいだろう。そしてこれらの少数者の数が現代でもそれほど減ってはいないと信じてもさしつかえないだろう。この問題は、世界の将来には関係なく、関係があるとしても限られたものである。しかし、人間の将来にとっては関連がなくはない。活動的であることの経験だけが、また純粋な活動力の尺度だけが<活動的生活>内部のさまざまな活動力に用いられるものであるとするならば、思考は当然それらの活動力よりもすぐれているであろう。この点でなんらかの経験をしている人なら、カトーの次のような言葉がいかに正しかったか判るであろう。
「なにもしていないときこそ最も活動的であり、独りでいるときこそ、最も独りではない。」

さらに遡る1951年『全体主義の起原』でもlonelinessとsolitudeの違いを説明しながらこの言葉を引用していました。

1951年
全体主義の起原 最13章 イデオロギーとテロル 新しい国家形式
Loneliness is not solitude. Solitude requires being alone whereas loneliness shows itself most sharply in company with others. Apart from a few stray remarks– usually framed in a paradoxical mood like Cato's statement (reported by Cicero, De Re Publica, I, 17): numquam minus solum essequam cum solus esset, 'never was he less alone than when he was alone,' or, rather, 'never was he less lonely than when he was in solitude' – it seems that Epictetus, the emancipated slave philosopher of Greek origin, was the first to distinguish between loneliness and solitude. His discovery, in a way, was accidental, his chief interest being neither solitude nor loneliness, but being alone (monos) in the sense of absolute independence. As Epictetus sees it (Dissertationes, Book 3, ch. 13) the lonely man (eremos) finds himself surrounded by others with whom he cannot establish contact or to whose hostility he is exposed. The solitary man, on the contrary, is alone and therefore 'can be together with himself' since men have the capacity of 'talking with themselves.' In solitude, in other words, I am 'by myself,' together with my self, and therefore two-in-one, whereas in loneliness I am actually one, deserted by all others. All thinking, strictly speaking, is done in solitude and is a dialogue between me and myself; but this dialogue of the two-in-one does not lose contact with the world of my fellow-men because they are represented in the self with whom I lead the dialogue of thought. 

エーリッヒ・フロムの自由からの逃走的な感じで捉えるべき引用句であったのだなと改めて思いました。
スポンサーサイト



Comment


    
プロフィール

Yuta

Author:Yuta
FC2ブログへようこそ!




最新トラックバック



FC2カウンター

検索フォーム



ブロとも申請フォーム

QRコード
QR