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Uncharted Territory

自分が読んで興味深く感じた英文記事を中心に取り上げる予定です

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(自分メモ)文化遺産の「文化」という言葉

 
ユネスコの世界遺産で富士山は文化遺産(cultural site)として登録されました。「文化」という日本語について、1920年代華麗なるギャッツビーの時代に日本で流行語だったというのを目にしました。華麗なるギャッツビーと同じ時代の空気が日本にも流れていたのかもしれません。現代に当てはめて考えようとすれば、スマートフォン、スマートテレビ、スマートメーターなど、なんでも「スマート」をつけるような感覚なんでしょうかねえ。

ちゃんとした本とかがあると思うのですが、ネット検索でみつけた説明です。  

そもそも、「文化住宅」という呼び名は「文化」ブームの一部であった。当時「文化」とい う言葉が流行り、文化住宅だけでなく、「文化鍋」「文化包丁」などが市場にあふれた。最初は 概念として「文化」あるいは「文化生活」が知識人の間で論じられ、大衆化する過程の中でこ れらの商品が、「文化生活」の象徴として売られるようになった。エリートの言説から市場価 値がありそうなキャッチフレーズを素早く掴み取る大衆雑誌などにおいて 1920 年頃から「文 化生活」という表現が頻繁に見られるようになる 2)。その短い流行の間、「文化生活」はそれ までの西洋と東洋の区別が消滅したコスモポリタンな近代という幻想を読者に抱かせた。文化 住宅を広めた改良主義者や建築家は頻繁に世界的潮流について述べ、彼らのなかに著作名にエ スペラント語の訳をつける者もいた。さらに重要なのは、手ごろな近代生活を追及する中で、 彼らは住宅の設計に世界中からさまざまな建築ボキャブラリーを取り入れたことだ。

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一九二二年●大正一一年(壬戌)
三月一〇日から七月三一日まで東京の上野で大正天皇の即位を祝って博覧会が開かれた。その会場にモダンな洋風住宅(文化住宅)が一四戸提示された。これを「 文化村 」と言った。大変な人気であった。 『デヱリー新文化語辞典』(一九二六)に「ブンカムラ( 文化村 ) 大正十一年東京で開催された平和記念博覧会内へ文化村と名づけて文化的生活方法の一場を示したのが始まりで、文化流行から今では目白に文化村といふ新開地が出来た」とある。 賀川豊彦『空中征服』(一九二二)に「賀川市長は、空中の 文化村 と云ふことを聞いてまつたく吃驚してしまつた」とある。 大正時代は「文化」が流行語になった時代であった。三木清『読書と人生』(一九四二)に「その頃『文化住宅』とか『 文化村 』とかいう、大正時代の一つの象徴である安価な文化主義が、哲学者達の意図とは別に、流行になっていた」とある。 一九二三年の関東大震災以後、 文化村 が各地に出現した。稲垣浩『日本映画の若き日々』(一九七八)に「花園駅の東方に、ポプラの大樹に囲まれた森田牧場があった。(略)その牧場の近くに赤い屋根のモダン住宅が建ちはじめたのは大正十四年頃で、人々はそれを 文化村 とよんでいた」とある。
(明治・大正・昭和の新語・流行語辞典より )


それほど近所というわけではありませんが、目白周辺にも大正時代に目白文化村というのがあったようですね。目白通りができて分断されたとありますが。。。とても詳しいサイトもありましたので、天気がよく涼しい日にいってみようかなとおもいます。
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