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Uncharted Territory

自分が読んで興味深く感じた英文記事を中心に取り上げる予定です

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Shining Night

 



いま読む ペロー「昔話」いま読む ペロー「昔話」
(2013/11/01)
工藤庸子

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シャルルペローの昔話を工藤庸子さんが訳し直した新著が発売されていました。翻訳と同じくらいの分量で訳者解説があるのも有り難いです。どれもおなじみの話ばかりですが、Little Red Riding-Hoodは赤ずきん、Puss in Bootsは長靴をはいた猫、など英語での表記にもなじんでおきたいですね。英語版は無料で入手できるのもありがたいです。


The Fairy Tales of Charles PerraultThe Fairy Tales of Charles Perrault
(2012/05/12)
Charles Perrault

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ナショナリズムが騒がしくなったところなので、ペローによる新旧論争the Quarrel of the Ancients and the Moderns (Querelle des Anciens et des Modernes)を改めて考えてみるのも興味深そうです。

この本は、これから読んでいこうと思いますが、「訳者あとがき」が素晴らしかったのでご紹介します。最近の英語学習のトレンドは、音読がブームで、読書量が少ないのが気になりますが、声の大切さは強調してもしきれないものでしょう。

(訳者あとがき)
この書物は社会人向けであり、とりわけ朗読に関心のある方を念頭においた企画です。解説も堅苦しくならぬよう、聴き手のまえで作品を読みながら、あれこれと解釈を披露する「朗読カフェ」のようなスタイルで書きました。外国文学の翻訳も、楽しんで音読することができる、何よりも大切なのは語彙の背景にある文化的・歴史的なものを理解して読むことだ。そう実感していただければ、書物の夢がかなったことになりましょう。

(中略)

いくつかの次元の異なる経験がきっかけとなり、ここ十年ほどで、わたしは「文学と声」というテーマに強く惹かれるようになりました。まずは放送大学の教員としてラジオ番組をつくるようになってから、古典の断章を朗読し解説するという方式の講義をやっており、期待をはるかに超える共感が寄せられています。

そして2011年3月11日。筆舌に尽くせぬ惨禍を前にして「いったい文学に何ができるのか?」という悲痛な疑念と無力感が、多くの人をおそったはずですが、あのとき、ともかく皆で時間と場所を分かち合い、言葉を交わそうではないかという呼びかけが生まれ、これが朗読を中心とするささやかなイヴェントにつながってゆきました。そうした活動に参加するなかで得られたのは、平凡ながら身体化された以下のような確信です。すべてが電子情報となり、バーチャル化してゆく時代だからなおのこと、奇麗に仕上がった書物の手触りや、読むことをめぐる肉声の交流が、かけがえのない温もりをもたらしてくれる。文学とは、生身の人間の命の脈動によって育まれるものにちがいありません。

さて、昔話ということで思い出したのがこのジブリの映画。



ジャパンタイムズでも映画評がありましたが、日本の作品に「わびさび」や「もののあはれ」を見出そうとするのは少し安易な気もしますが、作品を見ていないので的を得ているものか分かりません。

‘Kaguya-hime no Monogatari (The Tale of Princess Kaguya)’
Ghibli's Takahata returns triumphant after 14 years
BY MARK SCHILLING

This is all pretty much from the folk tale, which raises the question of what, beyond their way of telling it, Takahata and his collaborators have brought to it. The film’s tag line, “A princess’ crime and punishment,” offers a clue, while Takahata himself has said he wanted to explore what “crime” Princess Kaguya might have committed, since the original story is silent on that point.

His exploration, though, has little to do with plot, everything to do with his heroine’s emotional and spiritual journey — and the way it ends. Not to enter spoiler territory, but the climax is a haunting, wrenching evocation of mono no aware — or as it is literally translated, the pathos of things. The basis of Japanese aesthetics since time immemorial, mono no aware is hard to define, but “The Tale of Princess Kaguya” brilliantly illuminates it with images of life at its transient loveliest, of parting in its terrible finality.

There is a deep wisdom in this film, but a deep sadness too. If it is Takahata’s farewell, it’s one that will have a long echo, just like his 1,000-year-old source.

英語字幕や英語吹き替えのあるバージョンがないか少し探してみましたが、まだありませんでした。いろいろ検索している間に、NHKワールドにTale of the Bamboo Cutterをはじめとする日本の昔話を取り上げるコーナーがあるのを見つけました。英語で朗読されているのはおなじみの青谷優子さんです。翻訳者の方との対談もあって楽しめます。

スライド朗読バージョン

スライド文章バージョン

かぐや姫って英語ではそのままPrincess Kaguyaなんですが、「かぐや」てどういう意味だとふと疑問に思っていたら、以下のように朗読されていました。

In just three months, the girl grew into a beautiful young woman. Her beauty lit every corner of the house so the old couples named her “Princess Kaguya,” which means shining night.

ウィキペディアでも輝夜姫とありますね。40年近く生きてきて初めて知りました(汗)

(Wikipedia)
The Tale of the Bamboo Cutter (竹取物語 Taketori Monogatari?), also known as Princess Kaguya (かぐや姫 Kaguya Hime?, 赫映姫 or 輝夜姫), is a 10th-century Japanese folktale. It is considered the oldest extant Japanese narrative[1][2] and an early example of proto-science fiction.[3]

It primarily details the life of a mysterious girl called Kaguya-hime, who was discovered as a baby inside the stalk of a glowing bamboo plant. She is said to be from Tsuki-no-Miyako (月の都 "The Capital of the Moon").

古典的なものを学ぶことの面白さの一つに、アレンジというか、演出の仕方を楽しめるというものがあると思います。今回の映画がどういう切り口のものか分かりませんが、1987年の映画はバブルのにおいがプンプンしますし、ピーターセテラの主題歌もコテコテの80年代の音楽ですねえ(苦笑)



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