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Uncharted Territory

自分が読んで興味深く感じた英文記事を中心に取り上げる予定です

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(続)「富岡製糸場」 世界文化遺産登録

 
富岡製糸場が出来たのが1872年だそうですが、日本はすでに欧米の旅行好きの目的地のひとつだったようです。そんな当時の日本の様子を伝えてくれるずば抜けた完成度のウエブサイトをご紹介します。

Globetrotters’ Japan

In the 1870s Japan emerged as a favorite destination for a new breed of tourist. Globetrotters, as they were called, arrived in the treaty ports in ever increasing numbers, stayed in new hotels built especially for in guidebooks, newspapers, or accounts written by other travelers, then moved on to other ports of call. Dozens of commercial photography studios boasting large inventories catered specifically to globetrotter tastes and sensibilities. Photographs bound in luxurious lacquer-covered albums became the most popular souvenirs globetrotters collected to memorialize their visits to Japan.

This site introduces the experience of globetrotter travel to Japan and the commercial photography business that was integral to it. It reconstructs globetrotters’ experiences of Japan through a selection of the most popular the globetrotter era.

Primary sources in the form of guidebooks and travel accounts are used to explain why the subjects depicted in these photographs were so central to the globetrotter experience of Japan.

globetrotterを語源辞典で調べると以下のように1871年とあります。グローバル化はこの時にすでに起きていた現象なんですね。

globetrotter (n.)
"world traveller," 1871, from globe + agent noun from trot (v.). As a verb, globetrot is recorded from 1883.

このウエブサイトでは箱根や日光、京都などの観光地の当時の写真を見ることができます。名古屋も広島も一緒くたに関西のくくりに入れられていますが、まあ当時の状況を考えると仕方がないでしょうか。東京のガイドでは東京タワーや増上寺のある芝から書き始めています。品川について最初に訪れる場所だったんですね。

このサイトのすごいところは、当時の写真とともに当時のガイドブックも読めることです。1880年にでたキーリングという方が書いたガイドブックのようです。以下の前書きを読むだけでも旅行者の関心は当時も今も替わっていないことが分かります。このガイドブックの最後にはレストランやホテル、土産屋などの広告もあるので、すでに外国人向けの観光業も商業化していたのでしょう。

PREFACE

"What places of interest are to be seen in this country?
How shall we find them? Which is the best way of getting
there? In what manner can we most profitably spend the few
days we remain here ?


These and many other questions are asked by foreigners who
come to Japan in search of pleasure or instruction - generally
both combined. To answer these questions, and to furnish
travellers with a few useful hints, has been ray humble aim in
the compilation of this little volume.

Some very good guides have already appeared in print, such as
the Guide to Yokohama, Guide to Tokio, Guide to Kioto, etc. ;
but the advantages of having these and other matter in one
compact little volume, as regards cheapness and convenience,
must be apparent to every one.


I do not pretend to say that this work gives a full description
of the whole of Japan : to do so would entail the labor of a large
volume; but I have merely endeavoured to show the tourist, who
has only a few days at his disposal, the best manner to visit the
different places of celebrity in the short time alloted him.
In the following pages, a detailed description of beautiful
places and grand scenery has been avoided; as, after telling
the traveller where to go and what to see, he can easily appreciate
and enjoy natural and artificial splendor without help from any
guide. And, as time is important to many strangers, brevity
and conciseness, when compatible with usefulness, have been
carefully studied.

That this little book may enhance the pleasure of those who
make it the companion of their travels, is the sincere wish of


THE AUTHOR.

TOKIO,
 FEBUARY, 1880.

当時の事情ついては以下の資料が分かりやすかったです。このキーリングのガイドブックを説明してくれているところの抜粋です。

明治初期における日本初の外国人向け旅行ガイドブック

1880(明治 13)年,資料5『旅行者のための横浜・東京...案内』は,1881 年のマレーシリーズ初版 の出版から一年早く東京のサージェント・ファルサーリ商会から出版された。初版の序文の冒頭は,次 のような疑問から始まっている。

この国で面白い場所はどこでしょうか?どうやってそれを見ることができるでしょう?そこへ行 くのに一番いい行き方は?滞在中,一番お得な過ごし方は?これらの他にもたくさんの質問が,日 本へ来た外国人から寄せられる。(中略)このような質問に答え旅行者に便利なヒントを提供する のが,この小冊子を編集する目的である[Keeling 1880: PREFACE]。

この文章から,日本を訪れる外国人旅行者たちの多くは,日本の地理や事情に詳しいキーリングに旅行 のノウハウを尋ねていることが読み取れる。従来の旅行ガイドブックでは,その多くが日本に居住して いる外国人を主に扱っていた。資料5においては,初めて旅行者だけを中心に読者層に想定しているこ とが分かる。グリフィスの『横浜案内』『東京案内』で一部「短期旅行者」という単語は登場していた ものの,それは副次的なものに過ぎなかった。外国から日本を訪れる旅行者は 1880(明治 13)年当時 既に存在していた事実が,「この国」,「日本へ来た外国人」と明記されていることから分かるのである。

そして,キーリングが,グリフィスが望んだ「マレーやベデカー」とは一線を画す形で製作したことが分かる一文がある。

私は日本全体を詳細に記述したものを作ろうとしたわけではない。(中略)数日間という限られ た時間の中で名所めぐりを出来るように,簡潔かつガイドなしでも回れるような便利な形態にまとめた[Keeling 1880: PREFACE]。

キーリングの旅行ガイドブックで想定されていたのは,外国からの日本旅行者である。つまり,1880 年の時点で,外国から数日間の滞在として日本を訪れる外国人旅行者がすでに一定数存在していたので ある。ここから,世界一周旅行者が,この時期には日本に立ち寄り始めていたという推測が立つ。1880 年に出版されたキーリング初版は,東海道を中心に東京から大阪・京都までの広範囲を扱っている。デ ニスのものと異なり,開港地だけではなく宿場町や大都市も含まれている点は重要である。キーリング の旅行ガイドにおいて,初めて単独の都市ではなく複数・広域の地域を扱ったものが登場したのであ る。日本旅行者の動線が,点から線に変化したとも言うことができる。そして,その章立てからして, 横浜で日本に上陸してから鉄道などで関東周辺・関西方面へ移動し,最終的に神戸で上海・香港方面へ 船出するというスケジュールを想定していると考えられるのである。


サイトは写真がふんだんにあり当時の状況が分かるようになっています。詳しい説明などは抜きに試しに訪れてみていただきたいです。
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